この宇宙ができたときに様々なものができた。
創世で誕生したものは全てが相反するものと対になっている。
ちょうどコインの表裏のように。
この世界の裏側、混沌(カオス)。
この宇宙が育っていく過程で、混沌(カオス)には“いらないもの”が流れ込んできていた。
それは深海にプランクトンの死骸が沈殿するかのように。
全ての物質が混ざり合い、溶け合う世界。
そこに地球(エデン)誕生から存在する、意志を持ったエネルギー体がいた。
人の世界で肉の身体を持てない彼等は様々なケースで人間の世界に干渉してきた。
太古の昔から人は彼等の存在を感じ取り、ときに彼等が見せる仮初めの姿を畏敬の念をこめて呼んだ。
魔神と――
魔神の王者はアーリマンという。
淀んだ泥水のような世界に無数の青白い光が漂っている。
皆、意志があるかのようにバラバラに宙を飛び交っている。
それは光というよりも火の玉だった。
やがて火の玉の一つが声を発した。
「ルシファーがまた来た!」
「あの冷酷無残な悪魔の王が!」
その声に応えるように女の声がした。
“ルシファー”の名前が出ると一斉に悲鳴のような声があがった。
同時に猛る声も上がる。
「憎らしやルシファー!我等一族、屈辱は忘れたことなし」
「皆で討って出て、奴の身体ことごとく貪り食ってやろうか!」
男女の声がルシファーに対する憎しみを吐き出した。
「ちょっと待て!大天使も一緒だ」
「なぜ大天使が!?」
「これは不可解、見当もつかぬ」
火の玉たちは注意を促す声に困惑したように騒ぎ出す。
不安と焦燥に駆られる中、誰かが口にした。
「アーリマン様ならなにかご存知かも」
「おお!そうだ!」
「アーリマン様!アーリマン様!」
「アーリマン様ーー!!」
青白い火の玉達が口々にアーリマンの名を期待と歓喜に満ちた声で叫んだ。
すると飛び交う光とは別に、じっと宙で制止していた光の一団が動き出す。
ぐるぐると渦を巻くように無数の火の玉が中心に向かって動きだし、やがて巨大な火の玉になった。
一瞬、爆発したように眩い光を放出する。
強烈な青白い炎が混沌(カオス)を照らした。
炎はやがて獅子の顔を象る。
「騒ぐな我が一族よ!このアーリマン、奴らが地球(エデン)に来たこと知っている」
雷鳴のような声が発せられると宙を埋め尽くす火の玉たちはピタリと制止した。
炎の中の獅子の顔は、ゆらゆらと揺らめき崩れるとまた現れる。
「ルシファーが深淵の牢獄から脱け出すなど地球(エデン)創世以来、なにか災いをもたらしに来たのでは!?」
火の玉の一つが意見する。
「おお!それよそれ!仔細はわからぬが、奴ら何かの企てがあって不倶戴天の敵にもかかわらず顔を付き合わせておる。これは余程の企があるに違いない」
アーリマンが吠えるように言うといくつかの火の玉が合体して声を発した。
「アーリマン様!このパピルザクが配下の眷属を引き連れ探ってまいりましょう!そして奴らの企を暴き、打ち砕き、地球(エデン)から追い出してもよろしいか?」
「さすが我が一族の戦士パピルザク!よくぞ申した!」
大きく揺らいだ獅子の顔は喜びに打ち震えているようだった。
「奴ら、愚かにも人の身体を使っておる。あれでは力の十分の一も発揮できまいよ。よいよい!隙あれば食い殺せ!ここは我らの庭、勝手はさせぬ」
「ハハッ!吉報をお待ちあれ!」
甲高く叫んだパピルザクは恐ろしいスピードで数多の火の玉を引き連れ彼方へ飛んでいった。
それを見届けたアーリマンは満足そうに口元を歪めると無数の火の玉に分裂した。
それっきり火の玉からは声が上がらなくなった。
広大な空間にびっしりと浮かぶ無数の火の玉は、炎を揺らめかせるだけで混沌(カオス)を静寂が支配していた。