藤原優美の目は泣き腫らして、まるで桃のように赤く膨れていた。
私の姿を見るや否や、彼女は怒りをあらわにして詰め寄ってきた。
「藤原晴子、あの鎌倉の海辺で達也さんを助けたのは、あなたなの?!」
「……そうだけど?」私は何気なく答えたが、ふと頭の中で考えが駆け巡る。
以前、彼女が高橋啓介と話しているのを盗み聞きしたことがある。瀬川達也が命の恩人に報いるために彼女と結婚した、と話していた。まさか――あの日、私が去った後で、彼女が再び瀬川達也に会い、その恩を自分のものにしたのでは?
もしそうだとしたら……。
だから瀬川達也が、藤原理恵親子と共に鎌倉に現れたのか!
「やっぱり、あんただったのね!達也さんが私との婚約を解消したのは、全部あんたのせいよ!」優美は憎しみを込めて叫んだ。
「ふうん?ずっと人のふりをしてたんだ?」私は冷たく笑い返す。「優美、私が怒る前に、あなたが騒ぐとはね。もともとあなたが盗んだものじゃない。」
その時、遠くから背の高い黒い影が近づいてくるのが見えた。
私は目を細める。チャンスが――来るかもしれない。
「もとよりあなたのものではないから、いずれ失う運命だったのよ。これは報いよ。」さらに彼女を挑発する。「昔、あなたの母親は金持ちになるために藤原家に嫁ぐよう仕組んだ。でも結局、得たものは何?」
「なんでよ?!あなたたちは裕福に暮らして、私たちはさまよい続けた!同じ父親の娘なのに、なぜこんなに冷たいの!」優美の顔は鬼のように歪んでいる。
「父さんは、あなたたちの欲深さを見抜いていたからよ。」
「ふざけないで!晴子、全部父さんのせいよ!あの日、私を藤原家の娘として認めてくれていたら、あなたを達也さんのもとに送る必要なんてなかった!これは自業自得よ!本来、一緒にいるべきなのは私だったのに!」
「はっ」と私は鼻で笑う。「それは残念だったわね。瀬川達也は藤原家よりもずっと裕福よ。あなたは命の恩人のふりをして信頼を勝ち取ったけど、その大きな“贈り物”を自分で手放すことになったなんて、本当に惜しいわね。」
「目が節穴だったのね。瀬川さんの息子があんな立派な人だとは気付かなかったのでしょ。ごめんなさいね、初めては私がもらっちゃったから。」
「この女!」優美は逆上し、私を叩こうと手を振り上げた――
だが、その手首は背後からがっちりと掴まれた!
優美は痛みに顔を歪めつつ振り返る。そこに立っていたのは瀬川達也だった。途端に彼女の顔から血の気が引いた。
「達也さん…わ、私は……」彼女はうろたえて涙を流した。「私は本当にあなたを愛してるの!あなたなしじゃ生きていけない!今までのことは……全部償うから……」
達也は彼女を振り払い、険しい眉で黙り込んだまま、顔は暗く曇っている。
怒り狂うかと思いきや、意外にも彼は冷静に耐えていた。
最後に、ただこう言った。「金は振り込んでおいた。もう生活に困ることはない。行け。」
優美は悔しさを滲ませながらも、立ち去るしかなかった。去り際に投げられた、毒を含むような視線に胸がざわついた。彼女はきっと、このまま終わることはないだろう。
それに、達也の態度もどこか不自然だった。彼は優美に何かしらの遠慮があるように思えた。
残されたのは私と彼、二人きり。
張りつめた空気が凍りつく。
さきほどの会話は、彼の耳にも届いていたはず――七年前、私は妹の恋人を奪ったわけでも、意図して彼と関係を持ったわけでもなかった。
冷たい風が吹きすさび、乱れた髪をかき乱す。
しばらく沈黙の後、彼がようやく口を開いた。
「俺の初めて、本当にお前が奪ったのか……?」
頬が一気に熱くなる。こんな場面で、そんなことを聞くなんて!
だが、心はすぐに沈んだ。
今さら潔白を証明したところで、何になるの――
私はもう、彼の義理の弟の妻なのだ。
彼も私の気持ちを察したのか、それ以上は何も言わず、そっと私の髪を耳にかけてくれた。
「夜も遅いし、寒い。早く戻れ。」
そう言って、彼は夜の闇へと消えていった。
私は一人、冷たい風の中に取り残される。胸の奥がじわりと痛み、墨汁が水に溶けるように、静かに広がっていった――