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第14話


まさか哲也が、美紀のたった一言でここまで理性を失うなんて、夢にも思わなかった。


美紀は得意げな視線をこちらに投げてくるが、私の胸には少しの喜びもなかった。

直感で分かった――ここでの賭けは、私たちの想像以上に大きい。哲也は貧しい家の出身で、必死に勉強し成功を掴もうとしてきた。その努力を、私はよく知っている。

なのに、生活が安定した今、彼はその大切なお金を愛人につぎ込んでいる。どんなに傷つけられても、彼が苦労して稼いだお金をこんな形で失うのは見ていられない。哲也は一人っ子で、田舎の年老いたご両親も彼を頼りにしているのに。


「哲也、本当にこんなことして大丈夫なの?」思わず声が出た。


その瞬間、深沢がほんのわずかに眉をひそめたのが見えた。

私の言葉は彼を止めるどころか、逆に最後の一押しになってしまったようだ。


哲也は私の向かいに来て椅子を引き、勢いよくテーブルにキャッシュカードを叩きつけて、冷たく笑った。


「大丈夫じゃないって?今日は見せてやるよ、俺の本気を。」


あまりの幼稚さに、私は呆然と彼を見つめるしかなかった。


「明里、優しすぎるのも考えものだよ。」


深沢が私の肩に腕を回し、低く落ち着いた声が耳元に響く。


その一言が妙に胸に刺さった。張りつめていた心が、ふっと崩れていく。

深沢には私の善意が伝わっているのに、二年間も連れ添った哲也には、それが全く伝わらない。なんて虚しいんだろう。


「配って!」

秋山が声を上げる。


三枚ずつカードが配られる。深沢はゲームには参加せず、私の隣に座って肩に手を置いたまま、時折その髪が私の頬をかすめるほど近い。


なんて皮肉な光景だろう。まだ法律上は夫婦なのに、哲也は愛人を抱き、私は別の男に寄り添われている。まるで互いに仕返し合うためだけに、同じテーブルについた他人同士みたいだ。


ルールはさっぱり分からない。数回のゲームで、私の前のチップはみるみる減っていった。美紀も秋山も勝ち負けは大したことないが、私のチップはほとんど哲也のもとに流れている。


居心地の悪さで身体がこわばる。深沢は「負けても俺が払う」と言ってくれていたけれど、彼にばかり負担をかけるのは心苦しい。


「深沢さん、あなたの彼女は本当に運がないね」

秋山がからかう。


「もうやめる。私、ついてないみたい。」

そう言って立ち上がろうとした。


深沢が肩を押さえて、柔らかく微笑む。

「何を焦ってるの?ここからが本番だよ。最後に笑うのは誰かな。」


自分でも信じられないけど、彼は不思議なくらい自信満々だ。


高瀬は勝ち誇った顔を隠しきれない。対照的に私は負け続きで、落ち込みが隠せなかった。


「明里、早く見せなよ。あなたの男なら、いくら負けても平気でしょ!」

美紀がわざと大きな声でけしかける。その態度は明らかに哲也への挑発だった。


哲也は金の力に酔いしれ、私はまたしても負けるばかり。気がつけば、手元のチップはほとんど残っていない。心臓がバクバクする。


「本当に、もうやめていい?」


深沢の顔を見ようと振り向いた瞬間、彼との距離が近すぎて、唇が彼のひんやりした肌にふれてしまった!


その瞬間、顔が真っ赤になった。


深沢は少し驚いた様子を見せたが、すぐに唇の端を上げて、わざと全員に聞こえるような声で言った。


「そんなに赤くならなくていいよ。キスしたいなら、堂々とすれば?」


恥ずかしさで消えてしまいたかった。


哲也の勝ち誇った笑みが一瞬で凍りつき、対抗するように高瀬を抱き寄せ、その胸をわざとらしく揉みしだいた。


「おいおい、イチャつきたいなら家でやれよ!」


秋山が笑いながら突っ込む。


深沢は気にする様子もなく、私の顔をじっと見つめて微笑んだ。


「よし、最後の一回だ。明里、君がディーラーだ。盛り上がっていこう。」


そう言って、残りのチップをすべてテーブルに投げ入れた。


「いいね、乗った!」


秋山もタバコをくわえたまま、両手でチップを押し出す。


美紀も口元に笑みを浮かべ、同じく全額を賭ける。


残るは哲也。額に汗が滲み、もう引くに引けない。家計が苦しい彼が、こんな大勝負に出られるはずがない。

でも、隣の高瀬が勢いで、彼の前のチップを全て一気にテーブルへ。


「やってやろうじゃない!」


いよいよ最後の勝負。手が震えるほど緊張した。その下で、深沢がそっと私の手を握ってくれる。温かく乾いた手のひらに、少しだけ勇気が湧く。


「さあ、オープンしよう。勝負はこれで決まりだ。」


秋山はカードを見て舌打ちし、すぐに降りる。美紀も笑いながらカードを投げ捨てた。

哲也は真剣な表情でカードを開く。彼が怖がっているのが、私にもはっきり分かった。


高瀬はその手元の三枚のカードを食い入るように見つめている――その答えが明らかになった瞬間、彼女は興奮のあまり、立ち上がりそうになった。



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