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第15話


高瀬雅美の満面の笑みを見て、私の胸は重く沈んだ。 哲也に惨敗してほしくないし、深沢知之にも私のせいで損をさせたくない。ギャンブルは戦場のようなもの、勝敗は誰にも読めない。今になってようやく、ここに座ったこと自体が間違いだったと気づく。


私がカードを開く前に、哲也はもう我慢できず、勝者の驕りを顔に浮かべてカードをテーブルに叩きつけた。


「ナイン!ツイてるな!」

観客の一人が声を上げる。


「まったく、運だけじゃん……」


美紀がため息混じりに椅子にもたれた。


「くそっ、あいつイカサマしてるのか?」

秋山卓也が悔しそうに呟く。


私はすっかりカードを開く勇気を失ってしまった。


「さあ、開けて」

深沢知之が静かに私の肩を叩き、落ち着いた声で促す。


息を殺して、一枚目のカードをそっとめくる——3点。心臓が凍りつく。


「大丈夫、続けて」

深沢知之は変わらぬ穏やかさ。


二枚目——また3。もう逃げ出したくなった。


私の表情から手札が悪いと察したのか、哲也が得意げに口元を歪めた。


「何もたもたしてるの?早く見せてよ!」

高瀬雅美が待ちきれずに急かす。


「開けて」

深沢知之が優しく微笑む。


大きく息を吸い、震える手で三枚目をめくる——またしても3! その時、すぐそばで深沢知之が小さく笑ったのが聞こえた。


私が戸惑う間もなく、彼はすっと立ち上がり、私の手からカードを取り上げ、鮮やかにテーブルへ投げ出した。


どっと部屋中が沸き立つ。歓声、驚き、テーブルを叩く音、観客たちの方がプレイヤー以上に盛り上がっている。


3のスリーカード! 後で深沢知之に聞いたところ、これはかなり強い手らしい。


美紀がホッとしたように笑った。

「明里ちゃん、あなたの彼には完全に負けたわ!」


秋山卓也は咥えていたタバコを落とし、しばらくしてから苦笑い。

「くそっ、深沢、あんたの彼女、最後の最後で全部持っていきやがったな!また300万巻き上げられた!」


五百万――!?


私は思わず息を呑んだ。たった一回の勝負で?


深沢知之は何事もなかったかのように私の隣に戻り、腕を私の椅子の背にかけた。まるで五百万の勝ち負けなんて気にもしていない様子だ。私は無意識に哲也の方を見る。彼の顔は真っ青で、血の気が引いている。高瀬雅美も力が抜けたようにカードを何度も確認し、とうとう椅子に崩れ落ちた。


「イケメン、そんな大金、今持ってないわよ」

美紀が困ったふりをしてウインクする。

「借用書でいい?それとも……体で払う?」


周囲から一斉に下品な笑い声が上がる。


深沢知之は舌先で軽く唇をなめ、楽しげに笑いながら私を抱き寄せる。そして美紀に向けて言った。


「明里の友達なら、お金の話はやめよう。今度ご飯でも奢ってくれたら、それで帳消しだよ」


なんと、あの五百万をあっさりとチャラにしてしまった! しかも、私の「偽の彼女」という立場を守るために――。ますます彼が何者なのか分からなくなる。


でも分かっている。美紀の借金は許しても、哲也の分は絶対に許さないだろう。


案の定、深沢知之がゆったりとした口調で言う。


「藤原先生、振込にしますか?カードで払いますか?スタッフが手伝ってくれますよ」


その言葉と同時に、黒服のスタッフが哲也のそばに立った。


「お客様、どうぞ」


哲也の顔は真っ赤に染まり、先ほど威勢よくテーブルに叩きつけたカードを渋々手に取る。私は彼の経済事情を知っている――そのカードに五百万なんて入っているはずがない。せいぜい三十万が限界だ。


高瀬雅美の強気な態度もすっかり消え失せ、哲也の現実を理解した様子だ。


冷たい視線とささやきが飛び交う中、哲也の背筋はどんどん丸くなっていく。この賭けは避けられたはずなのに、彼は自ら飛び込んでしまった。もう若くもないのに、なんて愚かなことをしたのだろう。そのツケを、彼は到底払えない。


「藤原、カードに五百万あるの?」と美紀が容赦なく問い詰める。


哲也はカードを握る手を白くし、しばらくしてから歯の隙間からやっと声を絞り出した。「……借用書でもいいか?」


深沢知之は低く笑い、ゆっくりとタバコに火をつけた。


「哲也、大人なら負けは認めないと。払えないなら最初からテーブルに座るべきじゃない。自分の選択には責任を持つべきだよ」


「金もないくせに、よくイキってたな」

秋山卓也が呆れたように言う。


美紀もにっこりと続けた。

「哲也、じゃあ隣の子に体で払ってもらう?」


またもや下品な笑いが起きた。ようやく気づいた、美紀がさっきの「体で払う」というセリフは、このための伏線だったのか――。


高瀬雅美は怯えきった様子で哲也の腕にしがみつき、泣きそうな声で「哲也、いやよ!」と叫んだ。


「いや?」深沢知之が危うい笑みを浮かべ、煙草の煙をゆっくり吐き出した。


その何気ない一言に、ぞっとするような冷たさが滲み、私は思わず彼を見つめてしまった。



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