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第7話 『魔族』

黒牙イチイは後悔していた。

2人に戦いを挑んだことでも、逃げたことにでもない。

逃げる時の捨て台詞もうちょいどうにかならんかったのか、ということについてだ。

カッコよくもなく、ダサくもなく、非常に中途半端な出来になってしまった。


イチイはただの害悪プレイヤーキラーではない。一応はエンタメで迷惑行為をしている。このゲームにも、招待枠で参加してきている、人気VTuberの1人だ。アンチも多いが。


「まぁ50人殺して称号も手に入れたしいいか…」


イチイが手に入れた称号、『殺人鬼』。

このゲームでは称号がある意味職業の役割を担っていて、称号ごとに様々な効果が得られる。


1人殺せば『プレイヤーキラー』の称号を得られる。

この時点で名前は赤く表示され、称号を変えることができなくなる。が、なんらかの方法で贖罪を済ませば消すことができる。

『殺人鬼』は贖罪を済ませずに50人殺すことで得られる。

50人殺すまでに贖罪を済ませれば、罪人として扱われることもなくまた殺せるにも関わらず、敢えてそうしなかったどうしようもない人間に送られる称号だ。


メリットは『プレイヤーキラー』の頃と変わらず、デメリットだけが増加する。もはや贖罪も効かない、呪いの装備だ。


「死ぬのがかなりリスクになるし、他の称号もつけらんねぇし、オレみてぇなのがアクセサリー代わりにつけるくらいか」


とりあえずスクショ撮ってSNSに写真だけでもあげといてっと……。


「あーそーぼ」


突然、声が聞こえた。

聞き馴染みのある声だ。というか、ゲーマーなら一度は聞いた事のある声。


「うおあ!?」


声の主は牡丹。人力TASと呼ばれるバケモノだった。

……よし、逃げよう。


驚いたのも束の間、すぐに大地を蹴り全力で逃げる。

「人力TAS」から逃げることは恥ではない。血の気の多い猛者達ですら、口々にそう言う。負けるとわかっている勝負に挑む意味はない。どれだけ強くとも、人の身で災害には勝てないのだ。


「それだけ出来れば充分だ。で?どこへ行こうと言うのだね」


だが、すぐに追いつかれる。災害から簡単に逃げられるのなら誰も苦労はしないと言うように。

それもそのはず、イチイの使う"歩法"は牡丹の開発したものだからだ。


『VR歩法』。

如何に技術が進歩し、物理演算が正確になろうとも、所詮は演算に過ぎない。或いはゲームの仕様上、"嘘"をつく必要があることもある。現実とまったく同じとは行かない。

そんな仕様を利用して、ユーザー達はVRならではの歩法を編み出した。ある者は速く、ある者は静かに、ゲームごとに様々な歩法が編み出された。


しかしそれらを一蹴するように、牡丹がある歩法を編み出した。俗に『TAS式歩法』と呼ばれる歩法だ。

一歩、大地を蹴る時に、二歩分、三歩分の判定を出すことで爆発的な速さを手に入れることができる、という。

言っている意味が分からない?ご尤も、牡丹以外誰もわかっていない。

が、わからないなりに、一部のプロはどうにかこうにか二歩分、三歩分の判定を出すことに成功している。


イチイは約5歩分までなら出来る。プロでもそうできる者はいない。

が、牡丹はそれ以上に出来る。どのくらいできるかは不明だが、意味の分からない速さで移動している。


あまりにできる人間が限られるため修正すべきだ、という声も当然あるし、発見された当時、どこのゲーム会社も必死に修正を試みたが、どうしてもVRの仕様上これを防ぐことは出来なかった。まさに完璧、パーフェクト。


「クソっ…!」

「そろそろ対人でもやろうと思ったんだが、誰も相手してくれないんだ」

「あたりめーだ!!」


あたりめーである。

自然災害から逃げ遅れ、もはや諦めるしかなかった。


「ということで、PK狩りでもしようかと思って。君とは以前から遊んで見たかったんだ。君は競技シーンにはでないからね」

「天下の人力TAS様がオレのことをしっていてくれているとはね。素直に嬉しいよ!」


と、同時に開戦。

先手はイチイ。先手を取ったのではなく、先手を譲られた、というのはイチイも理解していた。


間合いを詰める。だが様子見で一撃などしない。一瞬の油断が命取りになる。

イチイの武器は短剣、牡丹は素手。リーチ差はほぼないと言っていいだろう。


先に動いたら負ける。

先に動かれても反応出来ずに負ける。


「どうした、来い」


その言葉を皮切りにイチイが後ろに跳ぶ。短剣から手を話し、腰のナイフを投げる。当然避けられるが、それでいい。引くイチイを追えなければそれで良いのだから。


牡丹はというと満足げだ。

ただ引くのでは追いつかれて攻撃されることが分かっている。その上でイチイと牡丹の間に、投げナイフで壁を作ったのだ。


牡丹が、構えを解いた・・・・・・



ゲームを観戦しない者であれば、戦闘態勢を解いたと解釈するだろう。油断か、舐められているかと解釈するだろう。

だがイチイは、牡丹を少しでも知っている者なら、絶望する。


ただ立っているだけのように見える牡丹だが、これこそが最も優れた構えだと云う。

原理は分からない。だが、誰も勝てぬのだ。


(絶望するのは後だ!まず攻撃を当てなきゃ始まらねぇ…!)


両手で6本のナイフを、前方に広げて投げる。少し遅れて斜め上方向に1つ。その瞬間には既に牡丹の姿はない。


だが、あの構えをしたということは攻撃に出るということだ。横に少し身を交わすような、余計な行動をすれば、イチイの目なら見える。

つまり、来るとするなら上!そう読んでナイフを投げた。


しかし次の瞬間、イチイの目に飛び込んできたのは地面・・。少しの浮遊感と、地面に叩きつけられる感触の後、理解した。


スライディングだ。


少しでも動きを止めれば、或いは減速すれば見える。のであれば、動きを止めずに一直線に進めば良い。


「悪くない動きだった。楽しかったぞ」


見下ろす牡丹の声を最後に、技を喰らいHPが0になる。




暗転。




目が覚めると、まず知らない景色が飛び込む。


「どこだよここ!!」


勿論、全てのエリアを探索した訳ではない。が、リスポーンする場所は拠点か、直前に使ったワープポイントかのどちらかだ。知らない場所に飛ばされることは有り得ないはずだ。


バグだとすれば運営に報告しないといけないが、とりあえず周囲を観察してみる。

どこかの拠点……のようだが、見覚えがない。木造の建築物が何件かと、あとは森に囲まれている。

小屋の扉が開くと、出てきたのは魔物……平原にいる『レッサーゴブリン』より一回り大きい人型の魔物だ。


「おォ、目覚めマシタね」


警戒を強めるイチイに、その魔物は話しかけた。

割と友好的、に見える。つまりはイベントNPCだろうか。


「あー…ここはどこだ?」

「我々ゴブリンの仮拠点、といったトコロでしょうか」


やはりゴブリンだったようだ。

痩せこけた灰色の身体に、人より小さい身体。それに対して耳と頭はアンバランスに大きい。まさにゴブリンといった見た目だ。


「オレはなんでここに?」

「何故、かはわかりマセん。そこに倒れていたのですよ。勿論スグに処理しようとも思いマシタが」

「気が変わった?」

「エエ、その赤黒い『モシュネー』を見て、味方になり得ると一旦処遇については保留にしたのデス」


赤黒いモシュネー……なるほど。どうやら一定数プレイヤーをキルするとこうなるのか。名前が赤くなることに気を取られて気づいていなかったな。


「なるほどな、いいぜ。人を殺したり嫌がらせするのが趣味なんだ」


嘘は言っていない。

が、運営が用意しているルートだと思うとあまりに真っ当なプレイ過ぎて興醒めなので、場合によってはこいつらも裏切ってめちゃくちゃにしてやるのもいいかもしれないと、はた迷惑なエンターテイナー精神がでる。


「では……皆サマ!このニンゲンが我々の仲間トなりマシタ!」


他のゴブリンたちに呼びかけると、隠れていたゴブリンたちが出てくる。ゴブリンというと数の多いイメージだが、ここには10体もいない。だが、パッと見でわかる程度に大小様々な見た目のゴブリン達がいることが分かる。その目にはNPCとは思えぬほどの知性と風格があった。


【称号、『魔族』を獲得しました】


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