ダンジョン。城や要塞の地下に設けられた牢獄を指す英単語である。が、それとは関係なく、ゲームにおいては洞窟や地下迷宮などをイメージして使われている。
カラケイにおける『ダンジョン』も日本で一般的にイメージされるそれと同様、その多くが洞窟の形で作られている。
何故か。
それはオープンワールドという自由すぎる世界に制限を付け加えるためのシステムである。面白さの形は千差万別だが、抽象的に言えば「壁を乗り越える」ことにある。
開かない扉、複雑な地形、強い敵。そういった"壁"をどう乗り越えるか工夫することにゲーム性がある。
すなわちオープンワールドではできない壁を出すことこそ、ダンジョンの役割と言えよう。
閑話休題。
ところで、カラケイのダンジョンには実質的な「人数制限」がある。ダンジョン内はほぼ全てのプレイヤーが同時に存在するフィールドとは違い、同時に入れるのは1パーティーのみとなっている。
勿論、他のパーティーが遊んでいるからといって入れなくなるという訳ではなく、それぞれに1つの部屋が与えられるというイメージではあるのだが、つまりは最大4人でしか一緒には遊べないということになる。
そんな"仕様"に悩まされている1団がいた。
大男に肩車されている女が1人、10人の男の囲いで構成された1団である。
女は、プレイヤーネーム『♡ヒメ♡』。
いわゆる「姫プレイヤー」をするインフルエンサーの1人だ。そして周りにいる男どもはその信者、「親衛隊」の皆様である。
ヒメはインフルエンサーなので、招待枠だが、親衛隊の皆様は普通に抽選を通り抜けた精鋭である。何せ倍率が物凄いので、1人でも来れれば良いと言われていたが、特にヒメへの忠誠心の高い「親衛隊」の10人が来れたのは一重に愛ゆえ、なのだろうか。
「とりあえず、タンクは必要だろう。俺が行く」
「いいや、序盤のダンジョンと思えばアタッカー3人でいいだろう」
「じゃ、火力の高い大剣使いが行くってことでおけ?」
「いやいや!やっぱタンクは必要だろ!」
ワイワイガヤガヤ、洞窟の入口でたむろする集団に、フクロウとイワヒバが遭遇してしまった。
「……じゃまだね。てき?」
「違うから武器構えるのやめようね」
あまりに思考がシンプルすぎるイワヒバをたしなめ、話しかける。
「ヒメさん、入口でたむろしないでください」
「およ?♡フクロウくんじゃーん♡ごめんごめん♡ちょっとどうしよっかな〜ってなってて♡」
「はあ。あといい歳した大人が肩車されてる絵面キツイんでやめた方がいいですよ」
「それはヤダ☆」
親衛隊たちの視線が痛い。が、フクロウはそれなりに有名な配信者で、ヒメとも一応絡みはあるので「どこの馬の骨だ」ムーブができず難癖付けにいけていない。するなそんなもん。
「ん?その子は……あぁ、噂の子か♡あたしはヒメ♡よろしくね、イワヒバちゃん、だよね?♡」
「……ん。なんで、なまえ……」
「そりゃあ、イワヒバちゃん有名人だもん♡みーんなキミのことばっかで、ヤキモチ妬いちゃう♡」
イワヒバには自分が有名人であるという自覚はまだない。確かに、配信にはたくさんの人が来てくれているが、その数字がどれだけすごいことかも知らない。SNSでエゴサをするはずもない。
しかしそれでも、カラケイの話題には、イワヒバの話が付き物となっている。それほどまでに有名なのだ。ついでに一緒にいるフクロウの視聴者も増えた。
「じゃ、僕らは先に進みますんで…」
「あ!いいこと考えた♡」
イワヒバもやはり大男の上に跨る女は怖いのか、フクロウの手を握る力がいつもより少しだけ強い。
そんなイワヒバを見かね、この場をすぐに離れようとしたが、ヒメが余計な思いつきをしてしまった。
「せっかくだしぃ、一緒に行こ♡」
「僕もちょっと遠慮しときたいですね〜」
絡んでいると嫉妬の視線が、断ったら断ったでやはり視線が痛い。だからこの人とは関わりたくないとフクロウは溜息をつく。
何度も言うようだが、フクロウはロリコンである。
不自然に胸の大きい成人女性など欠片も興味がない。ましてや自分の性を武器にコンテンツを提供するタイプの人とは、健全な活動を心がけている配信者としてもあまり関わりたくはない。
だが、以前から縁があって何度か関わってしまっている。しかもやたらと気に入られている。これがせめてもう少し幼い姿であればよかったのにね。
「……いいんじゃない?」
「え」
イワヒバが、何が嫌なのかふしぎといった顔でフクロウを見上げる。
イワヒバ、やはり思考がシンプル。人数多い方がいいでしょ、という当たり前を指摘する。天才だぁ…!
「じゃ、決まりね♡ほらほらフレンド登録して〜、パーティー入ってぇ…♡よし♡」
【♡ヒメ♡ がパーティに加入しました】
【『匿名希望』がパーティに加入しました】
ヒメと、ヒメを肩車する大男がパーティに入った。
しかし気になるのがこの表示……『匿名希望』である。
「あれ?なんですこの匿名希望って…」
「あーそれ?♡なんか名前隠せるアイテムがあるんだって♡ほら、自我出されると困るから♡」
「ひでぇ扱い」
フクロウ……というか、ヒメを知る物は彼が弟だということは知っているのだが、これでいいのだろうか。いいんだろうな。
「ねぇねぇ」
ちょんちょん、とイワヒバがフクロウに呼びかける。
「わたしもあれやりたい」
「え"」
「いいじゃーん♡やってあげな〜?♡」
あれ、と指差すのは肩車されているヒメだ。
見た目女児のイワヒバが、見た目はイケメンのフクロウが肩車されるのは、まぁヒメよりマシな絵面だろう。
だが!!ロリコンとして、幼女のふとももに頭を挟まれる役得を得てしまって良いのだろうかという葛藤がフクロウを襲う!!
あまり迷うのも変だ。沈黙は数秒まで。
はい数秒たった。今すぐ結論を出せ。
「……その、ここ終わってからにしよっか」
「わかった」
大人の卑怯なところ、先延ばしにして忘れるのを期待するを発動。なお子供は大抵覚えているものである。
ヒメも弟の肩から降り、いざダンジョン攻略!