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第9話 痛みから逃げることは死と同義の人生

流石にヒメも弟の肩から降りて、しっかりとフルパーティで挑む。


「……くらい」

「洞窟だからね。少し薄暗いだけだし、明かりを灯すギミックとかは無さそうだけど…」


最初のダンジョンでそんな面倒なギミックを出すはずがないだろう。

そして洞窟とはいえ、決して狭いものではない。パーティを組んで挑む前提ではあるので、広さは必要だからだ。


「あ、敵だよ〜!」

「ん」


迅速に動いたのはイワヒバ。大槌の一振りでソレは破壊される。


「ええと、『土塊人形』……なるほど、ゴーレム的な」


『土塊人形』。

小さな岩の塊に手足が生えたような魔物はなるほど、広義でのゴーレムと言えるかもしれない。

次々に地面から生えてくる土塊人形を、一つ一つ破壊していくが……


「これキリないやつですね。イワヒバちゃん!なるべく無視して先に進もう!」

「……わかった」

「あ、はいはーい♡防御上げちゃうね♡えっとぉ…『いのちだいじに』♡」


スキル『応援』。

とある特殊な方法で手に入るスキルであり、パーティ全体の各種ステータスを1.1倍するアーツを、『応援』のスキルを入れるだけで全てのアーツが使える。

『いのちだいじに』は「耐久」のステータスをあげ、少しでもダメージを軽減しながら、走って先に進んでいく。


「ぜぇ…はぁ…」

「ありゃ?♡疲れちゃった?♡」


VRで疲れがない、というのはVRに慣れた上級者たちの言葉である。仮想とはいえ自分の身体を全力で動かせば、普通は疲れるのだ。ましてやイワヒバは現実で身体を動かした経験もないので、脳も身体もビックリしてしまったのだろう。


「大丈夫?」

「ぜぇ…はぁ…。は、はしるのは、もうむり…」

「だよね〜♡あ、そうだ♡アレやってあげたら?♡」


アレ……というと、ヒメのやっているジェスチャーを見るに肩車のことだろう。


「……ん。やりたい」

「う、ううーーん……」


やってあげたいのは山々だが、肩車というのは意外とバランスが取りにくい。そんな状態で走れる自身は流石にない。


「お、おんぶで許して」

「……しかたない」


いざ、おんぶ。

ふとおんぶしてみて気づいた。もしかして肩車より不味いんじゃ。

まず、触れる面積が大きい。肩車なら太ももが首に巻き付くだけだが…いやそれはそれで不味いのだが。

なにより体温を直に感じる。流石に個人ごとに差があったりはしないが、それでも人の肌に触れた時の温もりが再現されている。

というかおんぶって実質的にバッグハグだよな……とそこまで思い立った時には遅かった。


「おぉ……背がたかい……」

「そ、それはよかったよ。しばらくこれで進むね」

「ん。よろしく」


そう言いながら、バレないように高速で設定欄を開き、表情の変化を少なくする。アバターの感情表現は、現実より分かりやすいので、こういう設定が必要になる時もある。幼女に抱きつかれて顔を真っ赤にしているのを見られたくない時とかね。


「あのっ…!そろそろ俺1人で抑えるのキツイんで早くいきましょう!」

「あ、すみません!」


ヒメの弟に呼ばれ、一斉に走り出す。

次から次へと敵が湧いてくる。流石におかしい。

打撃系の武器ならほぼ一撃で倒せる雑魚敵とはいえ、この量は流石にうっとおしすぎる。

つまり、湧かなくなるギミックがあるはずだ。


「あの!なんかスイッチとか、見慣れない敵がいたら教えてください!敵が湧くのを阻止できるかもしれません!」

「りょ♡そういうことならちょっとまってね〜♡えーっと……『敵探知』♡」


『敵探知』。

ヒトツメコウモリという魔物から取れるスキル『探知』のアーツの1つだ。こことは別の小さな洞窟によくいるらしい。ヒメは別のプレイヤーからスキルオーブを貢がれるので、人よりスキルの数が多いのだ。


アーツの効果により、隠れている敵も可視化される。

ほとんどが土塊人形だが……いた。順路を走っていたら気づかない横道に、土塊人形ではない魔物の反応がある。


「あっち!♡人型の……多分ゴブリン的なやつ!♡」

「りょーかい!『ムラ カクシソワ』」


赤属性魔法の『追尾する火』の呪文を唱え、隠れている魔物に当てる。


「出てきた!やっぱゴブリンか!」


『ゴブリン』。

外にいる『レッサーゴブリン』は緑色だったが、こちらは灰色。魔法の杖を持ち、その目には知性があるように見えた。


「あんまHP減ってない!魔法耐性あるかも!」

「わかった。俺が行く」


フクロウの声を聞いて、飛び出していく弟氏。

モシュネーを掴み武器化させながら走る。村で買える普通の鉄の大剣のようだ。


ゴブリンも当然、簡単に殺られるわけにもいかない。弟が間合いに入ると、ゴブリンの魔法によって土の壁が立ちはだかる。


「ん、わたしもいく。なげて」

「投げないよ!?」

「わたしは大丈夫。おにーさんならできるでしょ」


一体何を根拠に言っているのかはわからないが、確かにフクロウであれば、イワヒバくらいの大きさであれば正確に投げることができる。無論、普通はある程度速く走れるので、こんな技術が必要になることはないのだが。


「あらら、にげちゃうよ〜♡」

「まったく呑気な……じゃあ投げるからね!」

「ん」


壁が壊れる。既に逃げ出しているゴブリンの姿が見える。逃げて隠れてもまた見つければいいだけではあるが……ええいままよ!

丸まったイワヒバをフクロウが投げる。


クルクルと縦に回転し、その勢いのまま大槌を叩きつける!当たる瞬間のゴブリンの驚いた表情が印象的だった…。


「よしっ…」

「大丈夫!?怪我……はともかく、心臓とか色々!」

「……ん、だいじょーぶ。おにーさんは心配しすぎ」


ジト目かわいい。というのはともかく、度胸がありすぎる。VRをやっていれば超高速で飛び回ったり、飛ばされたりすることもまぁなくはないが、割と毎回怖い。

心臓も弱いイワヒバには刺激が強すぎるのではと心配だったが、杞憂だったようだ。


「いや〜♡すごかったねぇ♡ヒメあんなの絶対できな〜い♡よしよし〜♡」

「べつに……なげる方が、むずかしいと思う」

「え?♡ふふっ、そうだね〜♡じゃあおにーさんにお礼言わないとね〜♡」


ニヤニヤとフクロウの方を見てくる。

マズイ、攻撃に備えろ!!!


「んと、ありがと…」

「は、はい…どういたしまして」


ぐわー!!!

と心の中ではなっていたが、表情の変化を低く設定したおかげでどうにか表には出ずに耐えた。もう少しで色んな意味で死ぬところだった。


「ふぅん…♡」


ところでだ。

実のところ、表情固定の設定というのはよく見れば案外分かりやすいのだ。

ある時を境に急に表情固定しだしたとして、ヒメはもちろん、配信の視聴者たちも気づいていた。理由に関しては憶測が飛び交っていたが……ヒメは確信していた。


あ、これ多分恋してる感じか〜♡と。


……恋というには、愛よりも情欲の方が多い気もするが。愛が多くなるのも時間の問題だろう。よって正解とする。


「……いきますよ。もうすぐそこだと思います」


目線の先には明らかに戦闘用ではない一本道。この坂を上っていけば、ボス部屋があるのだろう。

心臓が持たんとはやあしで進む。


ガコンッ


地面のスイッチを押した音がした。反射的に身体が動く。案の定、目の前から岩が転がってくる。

全力で走るが、間に合う気がしない。迫り来る大岩はまさに、擬似的な絶望であった。


ビュンッ


風。人が横を通り過ぎた時の空気の流れを感じた。誰だ?イワヒバだ。イワヒバが立っている。武器を構え、静かに。


驚きのあまり、逃げろという声も上がらない。身体も動かない。そもそも意味がわからない。何故、立ち向かうのか。


「えいっ…!」


可愛らしいかけ声とは裏腹に、力強く大地を踏みしめ、しっかり前を見据え、大槌を振るった。

一瞬の、しかし長いヒットストップ。遅れて、岩が破壊される音がした。


「う、うそぉ…」


語尾にハートマークをつけるのも忘れて、ヒメが声を絞り出す。他の者も同様の反応だ。

逃げ場のない大きな絶望に対して人が取れる行動は多くない。諦めるか、無駄と分かっていて逃げるかだ。そのどちらでもなく、確信を持って立ち向かえたのは何故か。


「……んと、だって、にげたらしぬよ…?」


なるほど、確かにそれは間違いない。

事実、スイッチを踏んだ時点でほぼ詰みといっていい状況だった。であれば壊せるか試すのが合理的ではある。


では、合理的な判断を冷静にした結果そうしたのだろうか。

それはないだろう。


「……んと、気合い?でいろいろ、どーにかなる」


……ああ、そうか、そういうことか。

フクロウは察してしまった。しまったが、言語化はしないでおこう。口には出さないでおこう。

優しく頭を撫でる。先に進んで、一緒にボスを倒して、考えないようにしておこう。楽しいことだけ考えていられようにすればいいではないか。


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