1時間経っても来なかった。
街で時間を潰しつつ、3時間経っても来なかった。
次の日になったら、流石にくるだろうとその日はログアウトした。
しかし、次の日になっても来ない。配信もしていないようだ。SNSは……そもそもやっていないみたいだ。
牡丹さんが話を聞きに来た。なんでもイワヒバちゃんに話があるとかなんとか。
今日は来てないって言ったらすぐにどこかに行ってしまった。なんだったのだろうか。
3日立った。
今日もイワヒバちゃんは来ない。いくらなんでもおかしい。なにかあったんじゃ……と心配になって、僕は会いに行くことした。
「来てしまった……」
……来てしまったじゃねえよ!?
病院の目の前まで来て、自分の行動に流石にツッコミを入れる。
いてもたっても居られなくなって、イワヒバちゃんのいる病院をどうにか特定し、会いに来てしまった。我ながら、どこかで冷静になれなかったのだろうか。
とはいえ、3日も音沙汰無しは気になる。せめて無事かどうかだけでも確認できないか聞いてみよう。ここまで来てしまったのだ、帰るのはそれからでも遅くない。
いざ!
「待ちなさい」
入ろうとすると、白衣の女性に止められた。
きょ、挙動不審だったか…!?ま、まずい…!
「うちの子に会いにきたのでしょう?
「え……」
なんで名前を知って……いやそれ以前に、「うちの子」ってことは……
「イワヒバちゃんの、お母様……でしたか」
「ええ。あぁ…安心しなさい。私は貴方の味方よ」
「そ、そうですか……味方……」
味方を主張する人間は、初対面の人にいきなりネットのハンドルネームで声を掛けたりしない!!とツッコミたかったが、ここはリアル。我々配信者はネット上でしか咄嗟にツッコミはできない生き物なのだ。
俺は……弱い……!
「色々聞きたいことはあるでしょうが、今後は病院という施設のセキュリティを舐めないことですね。まあ、おかげでこうして待ち構えられたのですが」
「はは……それはどうも、お気遣いありがとうございます……」
なるほど。僕はちょっとグレーな手段で、イワヒバちゃんが居そうな病院のデータを探したのだが、バレバレどころか逆探知までされていたと……。
警察などに突き出すつもりはないようだが、それは"今は"というだけだ。機嫌を損ねれば、死ぬ…!
「……わかりやすい方ですね。大事にはしませんよ、ついてきなさい」
「は、はいっ!」
エレベーターから地下に入り、無駄に頑丈そうな扉を開くと、不気味な程に無機質な空間になっていく。カツ、カツ、と僕ら2人の足音以外の音が全て消えたかと錯覚するほどに何もない。
なんかホラーゲームでこういう場所あるよな……とか考えているとだんだん怖くなってきた。
カツ…と足音が鳴り止むと、白衣の女性はガラス越しに指を指す。
「さて、
ガラス越しに映る
様々な機械に繋がれ、どうにか命を保ってベッドに横たわる。まるで……まるで、オカルト番組でよく見る、出来の悪い宇宙人のミイラのような。確かに人の形をしているが、生きているとは思えない、そんな非現実感があった。
「本当に、分かりやすく顔にでますね。まるで死体がそのまま放置されているのを見たような顔ですよ」
「はは……それは、失礼しました」
「いいえ。私も、モニターで生体反応を確認するまでは安心できません」
なるほど。僕には専門知識はないが、壁に仕込まれたモニターはオールグリーン。死んではいないと、これでようやく理解できる。
「生きているのが奇跡、というより死んでいなければおかしいのです。でも生きている。なんなら、脳だけは常人と同じレベルに稼働しています」
言われてみればそうだ。
ここまでの障害であれば、脳の機能にも影響しそうなものだが、VRゲームを普通にできているということは、正常に動いているということだ。
「と、とりあえず、生きていてよかったです。でも、まだ復帰は難しいんですか?」
「ええ。腕の筋繊維の損傷に内出血……一体何をしたらそんなことになるのですか?」
「ま、まさか…!なんでそんな怪我を…?」
「だから、こちらが聞いているのですよ」
僕が知るはずがない。
例えば、心臓の弱い人がゲーム内で思い切り走った結果、心臓を悪くしたり、長時間のプレイで睡眠不足によって倒れたり……そういう事例は聞いたことがある。
しかし、身体の内側に怪我……ゲームが原因でそんなことが有り得るのか?
「すいません。当時のイワヒ……ひばりちゃんのプレイ映像を見ても?」
「……どうぞ」
携帯端末からイワヒバちゃんのチャンネルを探す。これだな。この配信の……最後の方。
倒れる直前……そうだ、イワヒバちゃんは地面で囲われて僕らから見えなかった時があったじゃないか。
ここだ…。
……約2分のうち、1分がたった頃、どうやら既に警告文が出ていたようだ。それを無視して戦っていた……?
だけどそれは多分、激しい運動に加えて、感情の昂りと大声で叫んだことが原因で、体に負担がかかったのだろう。
は?
2分が立ったその瞬間、イワヒバちゃんがアーツの構えをした。そこまでは良い。
だけど『全力ホームラン』の長い溜めの時間中に、攻撃があたろうとする。このままマトモに当たったらHPが0になる……そう思った時、何故か防御の構えを取っているイワヒバちゃんがいた。
結果としてその後すぐ回復が間に合ったわけだが……。
「まさか、アーツをキャンセルした…??」
「はい?」
怪訝そうにこちらを見られる。
まさか……とは思うが、状況的にそれしか有り得ない。
「そう、ですね。どこから説明したものか。まず、アーツは知っていますか?」
「しりませんね」
まぁ、この人はイワヒバちゃんを診るので精一杯だろう。ゲームなんてしている暇はないか。
「カラケイは人やモンスターとの戦闘をするゲームです。でも、そのままでは人は戦えません。その為の補助として『アーツ』というのがあります」
「ああ……なるほど。技名を叫ぶと強制的に身体が動くシステムのことですか。それが何か?」
「この映像を見てください」
イワヒバのお母さんに、例の動画を見せる。
「アーツを発動した後、アーツをキャンセルしています」
「ほう……?」
ゲームのことを知らなければ、それだけ言われても分からないだろう。もう少し詳しく説明しなくては。
「このアーツというのは、VR機器から、擬似的な脳の電気信号を送ることでゲーム内のアバターを強制的に動かしています」
「それに……まさか、無理矢理逆らった……?」
「はい。恐らくそうだと思います」
ふむ……と数秒考え込まれる。多分数秒だったはずだけど、めちゃくちゃ長く感じた。
「……わかりました。娘には無茶をしないように言っておきます。運営の方にも色々、聞いておかないとですね」
「そうですね……。流石に想定されていない動きではあるでしょうけど」
とはいえ、「責めるな」とは言いづらい。実の娘が死にかけているのだ。もしかしたら、もうゲームには戻ってこないかも……。
「……一応、娘の様子を見て、もう2,3日したら戻らせます。貴方のことは信用していますよ」
「は、はいっ…!それは、どうも……」
「下手なことをして娘を泣かせる人ではないでしょうから。真摯に愛を注いでくれるでしょう」
ん?
「え、あの?あれ?そういう話でしたっけ…??」
「でも好きでしょう?貴方、結構わかりやすいですよ」
う、うそだろ……僕、もしかして世間的にロリコンなのバレてるか……??いや、そもそもイワヒバちゃん個人に恋をしているとかではない。ただロリコンなだけだが……そんなことを言うわけにもいかないだろう。
「……その、ノーコメントで」
困った時のノーコメントでその場は乗り切った。