イワヒバの強制ログアウトから1週間後。
イワヒバ、復活。
「あ、ここから……なんだ」
そこは既にダンジョン内ではなく、街に戻されていた。視界に入ってくる通知を一応見る。
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・「大岩の騎士」を撃破!
・スターオーブを入手しました。
・スキルオーブ『大岩の構え』を入手しました。
・アランが仲間になりました。
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内容が簡単そうで胸を撫で下ろす。
フクロウのいない今、難しい言葉が出てくると詰んでしまう。なによりモチベに関わるというものだ。
スターオーブは攻撃と耐久に1つずつ。1つつけるごとに、武器や防具の補正値での上がり幅が50%ずつ上昇する。
イワヒバはとりあえずこれを付けておけば、攻撃力と防御力があがると雑に理解しているが、大槌は素の攻撃力こそ高いものの、補正値はDと低めに設定されており、実はちょっと勿体ない使い方をしていることに気づくのはまだ先のことだろう。
そしてお次はスキルを見ていこう。
スキル「大岩の構え」は大槌や大剣などの「巨大武器」を持っている時、スーパーアーマーが強化されるというものだ。
「スーパー……アーマー……??」
知るはずがなかった。
スーパーアーマーという字面だけで、「相手の攻撃でよろけにくくなる」などの効果を読み取れる人類は多分存在しないので仕方がない。
でもスーパーな何かであることはわかるのでとりあえず武器に付けておく。
「で、アランって……だれ」
ここにきて知らん人と仲間になったと言う。いったいあそこからどうやって誰が仲間になるというのか。
首を傾げていると背後から聞きなれない声がした。
「ようやく来たか、イワヒバ」
「……だれ?」
否、それが聞きなれないのはこの場でイワヒバだけである。人力TAS、牡丹──無駄に無駄のない動きで見参。
「お前に聞きたいことがある」
「わたしもききたいことがある。アランってだれ」
沈黙。
イワヒバの目を見る。まず先に自分の質問に答えて貰えると信じて疑わない目だ。子供は苦手だ……いや、子供ではないんだったか、と頭を搔く。
「アレだ。武器や防具を作ったり強化したりできる。鉱石種という種族で──」
「ありがと」
アラン。
ボス部屋に埋まっていた「鉱石種」の1人で、その姿は鉱石というより小型の人型ロボットと言うのが正確だろうか。
鉱石を食べる彼らにとって、武器や防具の制作や強化は、人間が料理をするのと同じ感覚である。
特にアランは素材の加工に身体を特化させたらしく、生物というより機械に近い。だからか、モシュネーで読み取ればそのままどこでも使えるのだそうだ。
「むむ……」
そのあたりの説明は理解できるはずもなく……というか理解する気もない。大事なのは武器や防具が強くなること。
そして武器か防具か、どちらを強化するかということだ。
少し迷った後、イワヒバは意外なことに防具の強化を選んだ。シンプルな思考故、攻撃力の強化を選ぶと思っていたが、しかしイワヒバは攻撃力と同等に防御力も大事だと考えている。
「よし……」
「待て」
イワヒバがどこかに行こうとすると、牡丹に止められる。
「……なに」
「質問に答えてほしい。強制ログアウト前、君はアーツを途中で止めたな。あれはどうやった」
「……?がんばって、とめた。一瞬だけど……」
イワヒバとしてはそう言うしかない。実際そうなのだ。だが、牡丹としてはそうは思えない…少なくとも、安易にそうと断定はできない。
牡丹はそのゲームで出来ることと出来ないことを直感で理解する。
しかし理論上出来る、というのは必ずしも人間に出来るということではない。人力TASとて例外ではない。
例えば「無理やりアーツの動きを止める」ことは確かに理論上は可能だ。だがその際に生じる激痛や怪我は無視出来る物ではない。
チーター……その可能性が頭をよぎる。
いや、イワヒバが嘘をついているようには見えない。
たった100人のテストプレイヤーのチートを見逃すとも思えない。
であれば、その実力を測る必要がありそうだ。
「君を試させて貰おう。私の攻撃を防御したまえ」
こ
う
げ
き
認識した時にはイワヒバの身体は動いていた。
牡丹とイワヒバとの距離は約10m。
牡丹が動き、一瞬止まり、回し蹴りをする。一つ一つの動きは素早いが、それなりにゲームに慣れていればガードが間に合う程度の難易度調整。
「……なんの、つもり?」
「…?だから、試すと言っただろう」
圧倒的コミュニケーションエラー!
試すとは言ったがなんのために何を試すのか言っていないことを忘れている。何を言っているんだコイツはという顔で首を傾げているが、お前のせいだぞ。
敵と認識したのか、武器を構えるイワヒバ。
ゾロゾロと集まる観客。
素知らぬ顔で次の攻撃を始めようとする牡丹。
「……次、行くぞ」
距離はさっきと同じ10m。
牡丹が構える。否、構えと言える構えではない。
棒立ちに見える其れは最大級の脱力。それは即ち、本気ということ。その事実に観客達はざわめく。
風が吹く。
両者、極限の集中状態に至る。視界は狭まり、周囲の雑音は無くなる。
瞬間──音もなく、エフェクトもなく、まるで紙芝居のように、観客達の景色が切り替わる。
脱力からの最速の攻撃。
人の目で追うことは不可能なその動きは、ゲーム側からは攻撃として処理されない。そんなものがまかり通ったらゲームにならないからだ。
打!
イワヒバが感じ取ったのは、その気配だけ。
目で追うことは勿論、攻撃が来たと脳が判断することすらなく、身体だけが反応した。
ニヤリ……と笑う。
間違いない、これはチーターでは不可能だ。
しかし意識してやっているわけでもない。熱した鉄板に手を当てたら意識せずとも引っ込めるように、攻撃の気配……すなわち身の危険を感じたら体が反応するようにできているのだ。そうでなければ説明が付かない。
「フッ……素晴らしい。検証は終了だ。君はチーターではない」
「……なに?なんなの?わかるようにゆって」
満足げに立ち去る牡丹。未だなにがなんだか分からないまま困惑するイワヒバ。なんだか凄そうな戦いに拍手を送る野次馬達……。
なんなの……。
イワヒバの呟きは野次馬たちの拍手と歓声に掻き消えた。