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第17話 ゲーマーVS暗殺者

『【ワールドアナウンス】魔界の扉が開かれる……』

『2名の魔族のプレイヤーが侵入しました』


アナウンスとともに紫の雲で空が覆われ、魔界の扉ゲートが開かれる。

イワヒバがやった「ボスの魂を解放する」という演出はこれまで誰も見たことのないものだ。

牡丹も含め、ソロで倒した者は多い。ぶっちゃけそんなに難しくない。ソロ討伐以外のなにか特別な条件でボスの魂を解放できるのだろう。

そしてそれと同時にアナウンスが鳴った……。魂の解放とともに封印か何かが解けるのだろう。


「でっていう、ね」


様子を見に高い所にジャンプすると案の定大量の魔物が街を目指して進行していた。

突発イベント……昼間だからすべてのプレイヤーがいるわけではない。まだ夜中のほうがプレイヤーも多いだろう。


「みんなあとはよろしく〜♡」


ふとふざけた声が聞こえる。ヒメの声だ。

ぶっちゃけ牡丹は、ヒメのような人間は嫌いだ。ゲームとはゲームを楽しむためにあるものだ。自分がちやほやされるためにやるものではない。


「……君は行かないのか?」

「んっ?♡んー……『姫』は前線で戦わないものだヨ♡」


やはり理解できない。

ゲームをやる目的は人によって様々ではあるが、とはいえ自分でやって楽しむのが前提だと考えている牡丹にとって、ヒメの存在ははっきり言って気持ちが悪い。


まぁいい。理解できないものはほっといて魔物を倒しに行こうとすると。


「あ♡ちょっと待って♡貴女はここで残って♡」

「……何故だ」

「えっとほら、村の人が──「ぎゃああああ!」」


ヒメが説明し終わる前に、店から悲鳴が聞こえる。


──そういうことか!

完全に理解した。プレイヤーの侵入アナウンスが入った時点で察しておくべきだったのだ。


悲鳴の聞こえた方へ急ぐ。

派手な加速はできない。それでも約1秒。


扉を開けると既に、NPCの商人が殺され、青いポリゴンの粒子となって消え……殺害犯は既にいなかった。


「全ッ員!!!わたしのところに集まれええええ!!!」


大量のモンスターは陽動。魔族側のプレイヤーの真の目的はこっち!村人NPCたちの殺害!

声を張り上げ、NPCを1箇所に集める。


ヒメの意図も理解した。村を守る役目がたしかに必要だ。それは牡丹が1人いれば確かに充分。

牡丹はヒメの認識を改めた。むしろ、思考を放棄して適当にプレイしていたのは牡丹の方だった。


「……怯えて動けないか」


集まったのは数人。それ以外は怯えて動けない状態のようだ。

村もいつのまにか広くなった。人数こそ増えていないが、怯える村人を高速で回収して回って間に合うとは思えない。牡丹に気付かれずに村人を殺害し、姿を見られることも無く逃走したのだ。相当な手練れだろう。どうするべきか。


「──みんな〜♡あつまれ〜♡」


甘ったるい声が聞こえる。と同時に、ドドドドドド…と村人が一斉に集まる。


なるほど、『魅了』の好感か。

『魅了』はNPCの好感度に補正が乗るスキルだ。あまり注目はしていなかったがこの効果……村人全員の好感度をしっかり上げた上で魅了のレベルも上げているか?いや、今はそんなことはどうでもいい。


「助かった」

「どーいたしまして〜♡どう?守れそ?♡」

「……さぁね」


相手の情報がわからない以上、全員を守れるかどうかは分からない。既に商人という超重要NPCが死んでいる。これ以上殺させる訳にはいかないが……。


「ちゅ♡」


は????????

突然、頬に唇の柔らかい感触。

なんで?????????


「……わたしは、おまえのファンではないのだが」

「まーまー♡私にちゅーされて嫌な人なんていないし♡気合い入れてもらわなきゃね♡」


やはり理解できなかった。いや、だがむしろ妙に落ち着いてきた。元々ごちゃごちゃと考えるのは好きではないのだ。

見えたら対処する。それだけのことだ。


30秒が経った。


短いようでいて、ゲームという舞台では30秒なにもしないのは長すぎる。牡丹にとっては無限に等しいと言っても過言ではない。


目を瞑り、深く息を吸い、吐く。

視覚情報は見るべきものが定まっていないと情報過多なのだ。音だけを聞き、情報を整理する。


遠くで戦っている音。


ヒメが誰かと通話している音。内容については今は入れないようにする。


NPC達のセリフ。邪魔だから黙って怯えててほしい。

いつもよりほんの少し速い鼓動。……いや何故?体調には気をつけていたはずだが。


足音。恐らく今ログインしてきた者のものだ。そのどれもが戦場の方向へと向かっている。


風の音。信じ難いことに、このゲームは細かい空気の流れすら再現している。これを利用すれば現実と同じように・・・・・・・・気配を感じることが出来る。


…………。


「はぁ……」


聞き覚えのない声が聞こえたその瞬間、牡丹の身体は動く。近い。歩法を使うまでもなく、手を伸ばせばすぐにいる距離だ。



──掌底!



「おっと」


攻撃と同時に目を開く。避けられた。偶然ではない、目の前にいるこの女は間違いなく見て避けたのだ。

発生7F。最低限のダメージが出せるラインの、最速の攻撃。見てから避けるのは現実的ではない。


「全然隙がないんだもの。あんた、只者じゃないわね?」

「……そっちこそ」


短剣使いの女のアバター。プレイヤーネームは迷路。


その構えはゲーマーのそれではない。かと言って、ゲームのために格闘技をやり始めた、一朝一夕の構えでもない。

メジャーな体術では見ない構えだが、普段からそれを使用している者の、熟達した構えだ。


それだけなら大した脅威ではない。


なによりの問題は、迷路の足が地面に埋まって……否、沈んでいることだ。

知らないスキル……なら良いが、何か違和感がある。


「アンタは正面から殺さないとダメそうね」

「……やってみろ」


瞬間、迷路が影の中へと消えた。


迷路の姿が影に消えた。

消えたように見えた、ではなく。間違いなく消えたのだ。挙動はそんなに速くない。誰でも画面さえ見えていれば、影に沈む迷路が確認できただろう。


おかしいのはそう。アーツの発動時に必ず発音されるスキル名がないことだ。

アーツ発動には、その技の名前を言うか、特定のモーションから発動させることができる。だが、モーションによる発動であっても、発動時には自動的にスキル名が発音される仕様になっている。


消えたように見えて、どこかに隠れている……とかではないだろう。それであれば牡丹が見破れないはずがない。



──殺気!



背後からの刺突を回避し、無駄に無駄のない動きで蹴りを入れる。


影に潜っている間はなんの気配も感じない。影が動いたり、何か音がなるということもない。

やはりゲーム内でのスキルではないことは確かだ。


チーター……にしては露骨すぎる。

たった100人しかいないのにこれだけ露骨なチートを使えばすぐにBANされるだろう。一応報告だけしておくか。

しかし、チートでないとすれば答えは単純。

現実でもできる、ということだ。



──闇縫迷路は困惑していた。

迷路の能力、「影縫い」はまさしく影に潜る能力だ。自分でも原理は分からないが、幼い頃より殺し屋として育てられた彼女に生まれつき備わっていた能力である。


影の中から現れ、ナイフで首を切り落とす。殺しというのはそんな簡単な仕事だ。


だが、牡丹は反応した。ありえない話だ。

影の中にいる時は完全に気配はない。実際、気配を感じとれている様子はなかった。

影の中から現れ、ナイフを刺すまでの一瞬の間に気配を感じ取り、避け、的確に蹴りを入れるだけの判断をしたというのか。


化け物め。


迷路は自分のことを棚にあげそう思った。

2度、3度。背後から、前から。時には建物の壁にある影から現れ、攻撃をするも全てに反応される。


実際のところ牡丹は既に、見て反応してはいない。

「影に潜る」という行為は自分の影があるので、どこからでも潜れる。

一方で「影から出る」は違う。自分の影が消えている以上、人や物など、既にある影からしか出現できない。

夜、あるいは曇りであれば別だっただろうが、生憎今は快晴。

あとは出現位置を誘導して、読み切ればいい。


人力TASならそれができる。


迷路の残りHPはわずか。また影に潜る。

さて。

もし自分が迷路の立場であればどうするだろうか。

恐らく今はどこかで回復中。もしかしたら影の中で回復くらいしていてもおかしくはない。

その後素直に牡丹を狙いに来るか?否。


牡丹は屋根の上に跳び、NPCの集まる場所に弓を構える。


狙うなら牡丹ではなく、1人でも多くのNPCを殺す方にシフトするだろう。ここで弓を構えていれば出てきたらいつでも撃てる。


そして。

それに気づいた迷路が来るなら──


「『一撃の構え・昇』」


──今!ここ!


背後から現れる迷路に、アッパーを入れ込む。

ただのアッパーではない。スキル「一撃の構え」の大技だ。通常攻撃よりは発生は遅くなるし、飛び上がる関係上、全体フレームが長く外せば隙を晒すことになる。対人戦ではややリスクの高い技だ。


読みがハマれば一撃は重く、なにより宙に浮かせる・・・・・・ことができる。


──影から出たとき、既に拳は目の前にあった。

その瞬間理解した。超反応とか、読みや勘が鋭いとか、そんなものではない。これではまるで未来予知ではないかと!


打ち上げられる。


HPは回復していたが、軽装だったせいか半分も削れてしまった。でもすぐに影に潜れば──!


だが、無駄である。ダメである。

迷路が地面に辿り着くことはなかった。空に打ち上げられ、空中で攻撃を入れられる。回避は出来ない。防御すらする隙間もない。


影縫いは理不尽な力だ。

知覚外から現れ攻撃をし、すぐに逃げることができる。そんな理不尽な力を持ってなお、人力TASという理不尽に抗うことはできなかった。


「終わりだ。次はもう少しゲームに慣れてから私に挑むんだな」

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