牡丹が戦っている間、"戦争"の方も苛烈になっていた。
「なんていうか…!思ったより強い…!」
フクロウが思わず愚痴を零す。
大量のモンスター、そのほぼ全てがゴブリンとなれば雑魚を大量に倒すイベントかと思うだろう。実際には一体一体がそれなりに強い。モーションというか、立ち回りがしっかりしている。
なにより──
「おらぁ2度もやられると思ったかぐべぇ!」
近くのプレイヤーがPKにやられる。
そう、なによりも問題なのはコレ。ただでさえ厄介な敵の中にイチイがいることだ。
イチイは強い。プロとまともに戦っても互角にやりあえる程度にはそもそも強い。
だがイチイがその強さを発揮するのは一対多。
地形や技の効果、周囲にいる魔物を利用し、その場にいるプレイヤーの心理の盲点突く。意識外から確実に一ターンキルを取られる。警戒しすぎれば魔物にやられる。それなり以上のゲーマーが50人ほど集まってこのザマである。
「お、おい!あれ…!」
重たい武器を引き摺り、ゆっくりと歩を進める全身鎧のプレイヤーを誰かが指差す。
敵がくれば的確に、しかし強引に一撃で屠る。
小さくも威圧感のあるその戦士をフクロウは知っていた。
「……イワヒバちゃん?」
「ん」
普段通りのかわいい声。やはりイワヒバちゃんで間違いないようだ。
「すごいゴツイ装備だね」
「うん。コレもってると、装備もこれになる」
「へぇー!このゲームそういうことしてくるんだ…!」
武器と防具が一体化しているものは今の所見つかっていない。
ボスの魂を解放したことによる報酬『大岩の闘志』は、通常の武器防具と違い、それらが一体化したものだ。
ある意味、ボスなりきりセットとも言う。
圧倒的な攻撃力を誇る武器、そして高い防御力と高いスーパーアーマー性能のある防具。重戦士の理想ともいうべきセットだ。
実際、現時点ではオーバースペックなのは、そこそこ硬いゴブリンたちを一撃で屠りながらここまで来ていることから分かるだろう。
気を取り直して、攻略に思考を向けイワヒバに話しかける。
「……っと。あそこにいるデカイの見える?あれ倒しにいけるといいんだけど、周りの敵が厄介で中々近づけないんだ」
「……うん。んとね、ヒメが道を作ってくれるって」
「え?」
それは一体どういうことなのだろうか。
その疑問を口にする前に、イワヒバに手を引かれる。
「いくよ」
手を引かれて歩き出す。幼女と手を繋いでいることなど気にしている場合ではなかった。
誰も攻撃をしてこない。自分たちとボスの間に、まさに1本の道が出来ているかのように、異常にヘイトが向かない。
「ちょ、イワヒバちゃん!?これなに!?どうなってるの!?」
「……わたしもよくしらない。「みんなにお願いしてくる」ってゆってた」
『お願い』。つまり
ヒメの信者は統率が取れている。特にこのβテストに
1度でもヒメのプレイを見た事のある人は知っていることだが、決してヒメの指示が的確とか、そんなことはない。少なくともそうは見えない。
彼女はただ、本当に「お願い」をしているだけ。大雑把な指示を最初に出す。
その一声だけで、彼女の意図通りに全てが動く。
信者だけではない。NPCの挙動も、周囲の無関係のプレイヤーも、まるでなにかに操られているかのように──。
『ジャイアントゴブリン』
そしてボスの名前が表示される。
『ジャイアントゴブリン』。身体の大きさに比例し、体力とパワーが桁違いに上がったモンスターだ。
ゴブリンといえば小鬼と訳されることも多いが、見上げるほどの巨体に棍棒はまさに鬼というべきだろう。
「……なんか、このまえも見たきがする」
「うんまぁ……」
人型の大きいボスで棍棒を持っている……たしかに芸がないといえばない。色々仕方の無い事情はあるのだが、フクロウ達サイドからは分からない事情である。
武器を抜き、戦闘が開始される──!
……一方その頃。
「クソッ!お前らふざけんなっ!真面目に戦え!」
イチイは「いやがらせ」を受けていた。
他の敵対MOBと違い、イチイは倒しても復活するし、そもそもヒットアンドアウェイで攻撃を当てることすら困難になっている。
4人のヒメの信者がイチイを囲い、生かさず殺さず……徹底して足止めと嫌がらせをしている。
1人を攻撃しようとすればもう1人から足払いされ、逃げようとすれば罠があり、フレンド申請を何度も送って視界を遮り、HPが少なくなれば回復魔法を使われる。
どうにか死に戻りしようと、魔法を使おうとすればカエルを口に突っ込まれる始末である。
「おえっ……やっていいことと悪いことがあんだろ!」
イチイにこれを言われてしまえばもう終わりだ。実際かなりマナーは悪い。
とはいえイチイというのはそれほど厄介なプレイヤーだ。4対1でも普通にやっていては勝てない。
……だからやって良いかと言われると違うが。
とはいえ普段から、「それが出来るシステムが悪い。対処できん中級者の愚痴など知ったことか」と言っているイチイに文句を言う筋合いはなく、イベント終了まで嫌がらせを受け続けた。
──そして。
「『大岩砕き』」
イワヒバの新武器による専用アーツ『大岩砕き』の一撃で、あっさりとイベントの幕は閉じた。