さて、魔族側では何が起こっていたのか。そもそもあのイベントはなんだったのか。
丁度イチイの動画が更新されたのでそちらを見てみよう。
「前回プレイヤーが魔族サイドにつけることを公表しただろ?そのあと少しイベント進めてまた動画撮ろうと思ったら、緊急イベント来てなぁ……。とりあえず道中の映像を見せるわ」
画面が切り替わり、イチイと迷路が出発するところから始まる。
「お待チ下サイ。魔界ニ行くのでしタラ、このコを連れていってクダサイ」
「あ?」
長老に声を掛けられ振り返ると、他の個体より少し小柄なゴブリンがいた。
長老によるとゴブリンの中でも特殊な個体らしく、魔界にいくついでに鍛えて欲しいとのこと。育て屋じゃないんだが?
まぁ、NPCからわざわざ頼み事をしてきたということは、なにか重要な役割があるのだろう。
「よしじゃあ行くぞ〜」
「お〜!」
30分後……。
「遠くね!?」
「飽きた〜」
敵と戦ったり多少のギミックを解いたりと、足止めはあるにせよ、それにしたって長い。地図を見ると、まだ3分の1ほどしか進んでいない。
地図を確認する。
ゲームとして考えるなら、ここからさらに難易度が上がるだろう。時間も相当かかると見て良いだろう。
アイテムも減ってきている。
今いるこの場所のように、安全地帯は所々にあるが、アイテムが補充できるわけでもなく、回復ができるわけでもない。
魔族側は基本的にハードモードに設定されているのだろうな……とイチイは溜息をつく。
「……迷路ってさ、いわゆる『縮地』……できる?」
「はあ…?何?そういうスキルでもあんの?」
いや、無い。
縮地とは読んで字の如く地面を短縮したかのように移動する、中国に伝わる技術である。
要するに瞬間移動だが、そのようなスキルは今のところこのゲームには存在しない。
だが、このVR空間においては実現可能な技術だ。
VRは現実の再現だ。技術の進歩も目覚しく、物理演算もほぼ現実と変わらない。
だが演算は演算なので完全再現とはいかないし、ゲームであれば完璧な物理演算はむしろ不都合なこともある。つまり、現実とVR空間では物理法則が違うのだ。
であれば、「最適な移動」も違う。
ゲームによって違うものもあるが、ただ速く移動するという目的であれば、明確な答えがある。
それが「TAS式歩法」だ。
「一歩の踏み込みで、二歩分、三歩分の判定を生み出す……何言ってるかわかんねーと思うが、そうとしか表現のしようがない」
本来、今ここを越えるために習得するような技術ではない。プロでも"偶然できるまでに"3日、使いこなせるようになるには早くとも3ヶ月の修行が必要と言われている。数時間で習得できる代物ではない。
……はずだった。
やはり迷路は鬼才だった。ものの2時間で「TAS式歩法」を習得してしまったのだ。それも見る限り、完璧に使いこなしている。
否、それだけであればまだ想像の内であった。迷路が異常であることは分かっていた。
さらに異常なことが起こった。同行していたゴブリンすらもTAS式歩法を身につけてしまったことだ。
「ウッソだろお前……」
「動きをマネするのはトクイなものデ……」
そんなレベルではない。迷路が2時間で習得したこと以上に異常だ。
なにせNPCである。そもそも、プレイヤーが教えたことがちゃんとできる程の高度なAIを積んでいること自体おかしい。
更に、TAS式歩法のような半ばグリッチのような手法をNPCが理解できているというのは、流石に異常にもほどがある。
何はともあれ、楽になったのは間違いない。
画面が切り替わる。
さて、ものの数分で街に辿り着いたイチイたちは、ストーリーを進める前に街を探索していたところ、例の緊急クエストが発令された。
「は!?急になに!?」
モシュネーで連絡を取り招集しつつ、ルールを確認する。
「異界の扉が開かれた。プレイヤーの指示で魔族を動かし、人間の街を襲撃せよ……と。扉が閉まるまでか、ボスが倒されるまでに、街の施設やら破壊したりプレイヤーを殺した数に応じてポイントが貰えると」
画面にルール説明の画像が表示される。
細かい指示をしている暇はない。大まかな陣形だけ組んで、あとは各々戦ってくれと支持する。
「お、この戦闘でのポイントを自動でモンスターに振り分けられるのか……。ここで大量にポイントを溜めておきたいところだが、現状普通のゴブリンしかいない以上、ボスに設定したやつがすぐ死んでも困るし、一体にポイントを集中させる設定にしよう」
実際、それにより途中でゴブリンが進化し、「ジャイアントゴブリン」となって、イワヒバが来るまではそれなりにキル数を稼いでいた。
結果的に、ボスが誰かわかりやすくなって早期撃墜に至ったとも取れるが……。
「よし、集まったな」
「あたし1人だけだけどね!で、これなに?」
「喜べ、人殺しの時間だ」
いざ、開戦。
今回はまともに戦うのは無理だと判断したイチイは、狙いを絞って作戦を立てた。
大量の魔物で陽動しつつ、迷路が『影縫い』で侵入し、重要そうなNPCやオブジェクトを破壊するという作戦だった。
結果は知っての通り。
イチイ達の視点での映像がダイジェストで流れ、画面が切り替わる。
「今回は急なことでなんも準備できてなかったから、あんまりいい戦果はなかったな。プレイヤーをそこそこ殺したからポイントは溜まったけど。つか、流石に次はもうちょい猶予期間くれない?流石に急すぎるわ」
それについてはやはりイチイ以外にも不満の声が多く、参加できなかった者も多くいるなどの問題も含め、今後考えておくことにする。
「それじゃあ進めますか!いざ、魔王城!」