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第21話 人類最強の初恋

 最近、姉がおかしい気がする。

 ゲーマーではない私にとって、姉の考えてることはあまりよく分からないけど……。いや、ゲーマーであっても、姉──プロゲーマー、牡丹が何を考えているのか分かるという者はいない。


 とはいえ妹として、マネージャーとして、姉のことは毎日見ているのだ。誰よりも姉のことは分かるし、些細な変化も見逃すはずもない。


 おかしくなったのはこの3日ほどだろうか。

 まずミスが多い。というと誤解を生むかもしれないけど、ほんの一瞬の判断ミスのようなものだ。結局圧勝はしていたので、ミスだと分からない人の方が多いだろう。

 だけど姉はゲームでミスをしたことがない。比喩表現ではなく、常に完璧で美しい動きをする。



 あとは……いつもより口数も少なくなった。何かを考え込んでいる感じかな。

 普段からそんなに喋る方ではないけど、話しかけられたら返すし、必要なら喋る。

 そういえばさっきの配信もいつもよりコメントを読む頻度が少なかった。うん、絶対なにかある。



「……ということで聞きたいんだけど、何かあった?」

「は?気のせいだろう。私は特に変わりない」


 そんなはずない……いやでも、嘘をついている様子はない。本当に心当たりがない時の表情だ。


「あのな、私だってミスをすることくらいある」

「私でもわかるようなミスはなかった!!絶対なんかある!!!」

「む……」

「何か心当たりはないの?些細な変化でもいいんだけど」


 体調が悪い、という様子ではなさそうだ。

 自分の内的変化は、案外自分では気づかないものだ。特に姉は……感情そのものに疎いというか。


 たしか……3日くらい前からこうなったよね。3日前といえば、丁度緊急イベントがあったころか……。


「そういえば、この前バグがあった」

「ばぐぅ???」


 おっとお?予想外の方向の言葉が飛び出したんだけど。いやまぁ、バグという外的要因なら、いつもミスをしない姉がミスしたのも理解できるが。


「大型イベントのすぐ後だったか……ヒメというプレイヤーに話しかけようとすると、上手く言葉がでなくて」

「ふむふむ……」

「その後も、何度も話しかけようとしたが、何故か鼓動が速くなって近づくこともできなくて」

「うんうん……ん?」

「ふとした時にそのプレイヤーの顔が思い浮かぶようになって」

「……いやそれ」

「今も思い出すだけで……身体が熱くなるんだ……」

「『今も』ならバグなわけねぇだろチョーーーップ!!」


 色々言いたいことはあるが流石に突っ込まざるを得なかった。


「バグじゃないなら……この現象は一体なんだと言うんだ……!!」

「お姉ちゃん??恋以外ないよね??ふざけてるの?」

「鯉……?コイ目コイ科に分類される大型の淡水魚」

「じゃなくてLOVEの方ね」

「LOVE……?暴力レベルの略じゃなくて、英語で愛を表す単語の?」

「え、うん、そうだね」



 暴力レベルがなんの事かは知らないけど、どうせ古いゲームのネタかなんかだろう。


 ところで……3日前のイベントの時ってなんかあったっけ……?えーーーーーーーーーーーーっと……あ!!!そういえばヒメって人にちゅーされてたような……。


 「え、もしかしてアレで好きになったの!?!?ちょっっっろ!!!童貞かよ!!!!!!!!」

 「ち、ちがっ……たしかに、その、それで色々意識してしまったかもしれないが、その……あの日のヒメを見て、思ったよりちゃんとゲームをやっているんだなぁ、と……」


 うわ、なんかガチっぽくてやだなぁ……。応援したくないわけじゃないけど、相手がなんか……ちょっとアレだし……。


 要はあんまりちゃんとゲームしてなさそうな女が思ったよりいい動きしたギャップに加えて突然ほっぺにちゅーされて脳がおかしくなってるだけ……ついでに私に恋って言われてそう思い込んでる……。

 そう、つまりはただの勘違いだ。


「恋……そうか、恋か……これが恋……」

「ごめんそれ恋じゃないかも」

「…………」


 あーあ、こりゃもう手遅れだ。完全に恋する乙女メスの顔になってる。話しかけても、揺さぶっても、思い切り殴ってみても無反応。

 人間こうなったら終わりね。



 3時間くらい経ったころ、突然すくっと立ち上がったかと思えばこう言った。


「告白してくる」

「よっしゃ一旦落ち着けキッーーーク!!」



 姉の恋路は、本当に先が長そうだ。

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