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第11話 アミリア

和哉とギルランスが拳を突き合わせ笑い合っていたその時だった――突然バンッと部屋のドアが開いたかと思うと、一人の美しい女性が入ってきた。


「あら!気が付いたのね!?よかったわぁ」


そう言いながらツカツカと歩み寄ってきた女性は、ベッドを挟むようにギルランスの反対側に立つと、拳を突き合わせたまま驚きで固まっている和哉の手をギルランスから奪い取って握り締め、嬉しそうに微笑んだ。


年齢は和哉たちと同じくらいだろうか、淡い桃色の豊かな長い髪にサファイアのような青い瞳がキラキラと輝いている。

整った顔立ちはまるで人形のような可愛らしさがあった。


そして、何より特筆すべきはそのスタイルの良さだ―― 出るところは出て引っ込むべき所は引っ込んでいる、まさにボンキュッボンのナイスバディなのである。

彼女はその豊かな胸を惜しげもなくさらし、大きく胸の開いた白いワンピースを着ていて、和哉が目のやり場にも困る程だった。

どうやら彼女は和哉の無事を喜んでいるようなのだが……。


(――えっ!誰!?めっちゃ可愛い――ってか、胸でっか!こ、この谷間はヤバいでしょ!)


唐突すぎる可愛い女の子の訪問に、和哉はプチパニック状態のまま、ただただ驚きに目を丸くさせて固まるばかりだ。

そんな和哉の上から不機嫌そうなギルランスの声が降って来た。


「おい、アミリア!コイツは怪我人なんだ、もうちっと静かに入って来れねぇのかよ!?」


怒ったような口調ではあるが、本気ではなくむしろ親しみを感じる言い方だ。


「だって、ちゃんと治療したのに、この子全然目を覚まさないから心配してたのよ~」


そう言って上目遣いにギルランスを見あげる彼女の瞳は潤んでおり、どこか色っぽさも感じられるものだった。

そんな二人のやり取りを唖然と見ていた和哉は、そこでハッと気がついた――。


(……え、『アミリア』って……も、もしかして……小説の中でギルの恋人だった、あのアミリアさん?)


そう、彼女は小説内の登場人物の一人で、ギルランスの恋人であり婚約者という設定のキャラクターだった人だ。

しかも、二人の話を聞く限りでは、そのアミリアが和哉の治療をしてくれたようだった。


(ええぇぇえ……ウソ!?マジで!!??)


あまりの展開に驚きすぎて声も出なかった。

口をパクパクさせている和哉に気付く様子もなく、頭上では二人の会話が続いていた。


「お前なぁ、こいつはまだ起きたばっかなんだ、もうちょっと気ぃ使え」


呆れたようにそう言うギルランスに対してアミリアはぷくっと頬を膨らませて抗議した。


「え~、そういうギルだって、治療している間ずぅっと『早くしろ!』だの『大丈夫か?』だの騒いでいたくせに!」


(うひゃぁ……そ、そうなの?ギ、ギルが……!??)


思いがけない事実を聞かされ和哉はまたしても驚く羽目になった――つまり、それだけギルランスが自分のことを心配してくれていたという事なのだろう。

いつでも冷静で取り乱すことなどなさそうなこのギルランスが、だ。


(マジっすか!?嬉しすぎるんですけどっ!!)


あまりの嬉しさで和哉が一人で悶えている間にも、なおも二人の言い合いは続く。


「――なっ!う、うっせーな!んな事言ってねぇだろうが!」


「言いました~!私はちゃあんと聞いてました~!」


慌てて否定するも明らかに動揺しているのがバレバレのギルランスに対して、勝ち誇ったようにニヤニヤと笑いながら追い打ちをかけるアミリアの顔はさしずめ可愛い小悪魔といったところだった。


「っ!だぁーー!!もうこの話は終わりだ!!」


ついにえきれなくなったのか、ギルランスは乱暴に話を打ち切った。

しかめっ面で顔を背けるギルランスの様子にクスクス笑いながら、アミリアは和哉に向き直り声をかける。


「ふふっ、ごめんね?うるさくしちゃって……具合はどう?大丈夫?」


その問いかけに、それまで必死にニヤニヤ顔を抑えていた和哉はハッと我に返り、慌てて首を縦に振った。


「――あ!は、はい!全然大丈夫です!!ありがとうございます!」


言いながらペコリと頭を下げると、アミリアは少しホッとしたようは微笑みを浮かべた。


「そう、良かったわぁ」


女神のような笑みを浮かべるアミリアにドギマギしながらも、和哉がチラリとギルランスを見上げると、彼は不機嫌そうな顔のまま何か言いたげな様子でこちらを見下ろしていた。

そんなギルランスとアミリアを交互に見つつ、和哉はこの世界の顔面偏差値の高さに改めて驚かされていた。


(さすが、小説の登場人物だけあるなぁ……)


などと感慨にふけっていたところで再びアミリアからの声がかかる。


「ところで、あなたの名前は?私は『アミリア』よ!ギルとは幼馴染の腐れ縁ってやつかしら?よろしくね」


(――えっ!幼馴染!??確か、小説ではアミリアさんはギルの恋人だった筈だけど……?)


「あ、はい!僕は和哉っていいます……よろしくお願いします!!」


またまた読んでいた小説と違った現状に戸惑いつつも、和哉が挨拶を返すとアミリアは嬉しそうに微笑んだ。


「カズヤね!よろしく!」


改めて握手を求められ、和哉も自然と手を差し出し握手を交わした。

そんな和哉とアミリアのやり取りを黙って見ていたギルランスがふと思い出したように彼女に声を投げる。


「――おいアミリア、お前はもう大丈夫なのかよ?魔力は回復したのか?」


「ええ、大丈夫よ!心配してくれてありがとう!でもそんなに心配してくれるなら、もう少し優しい言葉を掛けてくれたっていいじゃない?」


そう言って悪戯っぽく笑うアミリアに対し、ギルランスは面倒くさそうに答える。


「けっ!誰がてめぇなんか心配するかよ!」


再びそんなやり取りを始めてしまった二人の会話を聞いた和哉は、はたと重要な事に気付く。


(ん?魔力??回復?……ハッ!もしかして――!?)


「あの……アミリアさん、魔力の回復って……もしかして僕の治療が原因……ですか?」


恐る恐る尋ねると、彼女はキョトン顔をした後ニッコリと微笑んだ。


「ん?そうよ?――カズヤへの治癒魔法でちょっと魔力使いすぎちゃったみたいだったから、さっきまで休んでたの」


(うわぁぁぁ!!やっぱり!!!)


予想的中に和哉は焦った――どうやら、ギルランスがアミリアの心配をする程に彼女の魔力を治療で消耗させてしまったようなのだ。


「ご、ごめんなさい!!!僕のせいで……」


慌てて布団に突っ伏す勢いで頭を下げ謝る和哉の肩に、そっとアミリアの手が乗せられる。


「いいのよ、あなたが気に病む必要はないわ」


その優しい声音こわねに和哉が顔を上げると、アミリアは優しく微笑んで続けた。


「私の魔力量はかなり多い方だし、一日休んだおかげでもうすっかり回復してるわよ!――それにちゃんとギルから治療費も貰ってるからカズヤは気にしないでちょうだいね」


そう言ってアミリアはウインクしてみせる。


「あ、ありがとうございます……!」


改めて礼を言う和哉に彼女は「いいのよ」と言いながら話を続けていく。


「それにしても、あのギルから『助けてくれ』って連絡が来た時はびっくりしたわよ~、それで急いで来てみたら『こいつを頼む』とか言われてね、こんな可愛い子が血まみれで大怪我負って倒れてるんだもの!さらにびっくりよ!!」


アミリアは大袈裟なリアクションで驚くような素振りを見せた後、チラリと横目でギルランスを見やると悪戯っぽく笑った。


「この人ね、戦闘能力にステータス全振りしちゃってるから、ヒーリングのほうは全然なのよねぇ~」


その言葉にギクリとした様に体を強張らせたギルランスは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「……うっせ、ほっとけ」


ぶっきらぼうに言ってそのままそっぽを向いてしまうギルランスにアミリアはまた楽しそうにクスクスと笑った。

そんな二人のやり取りを見ながら、和哉は思わずクスリと笑ってしまった。


(仲いいんだなぁ……)


気の置けない友人同士のような会話に和哉は二人を微笑ましく思う――が、同時になぜか何となくモヤモヤした気持ちを抱いている自分に気が付き首を傾げる。


(あれ?……なんだろ……この感じ……?)


自分でも理解できない感情に和哉がしきりと首を捻っていると、不意にアミリアが間近に顔を寄せて覗き込み、まじまじと和哉の顔を見つめながら感心したように呟いた。


「それにしても、改めて見ると本当にキレイな顔立ちしてるわね~。女の私でも惚れ惚れしちゃうくらいだわ……ねえ、ギル?」


そう言ってギルランスに同意を求めるようにアミリアが水を向けた途端、彼はビクッと体を震わせた。

そして、なぜか焦ったような口調になる。


「えっ!? そ、そうか?べ、べつに普通じゃねぇか?」


(んん?)


突如挙動不審になったギルランスに和哉は首を傾げたが、すぐにハッと我に返り慌てて取り繕うように「いやいや」と手を振る。


「 そ、 そんな、僕なんかぜんぜんですよ!」


こんな、小説の登場人物を地で行く美形二人を前に、そんな誉め言葉を言われてしまったら、和哉としてはおそれ多いとしか言いようがない。


両手をぶんぶんと振りながら必死に否定する和哉の様子にアミリアは可笑しそうに笑った後、「そうかしら?」と言って再び顔を近づけると、和哉の頬に指を滑らせ、そのまま両手でムニムニと両頬を引っ張ったり戻したりし始める。


「ほらぁ、ほっぺたなんかこんなにモチモチで、羨ましい~」


(ええぇ、ちょっ……)


予想外のアミリアの行動に動揺しながらも、和哉は抵抗することも忘れされるがままになっていた――が、その時だった。


「おい!!」


ギルランスの声が割って入ったかと思うと、不機嫌そうな顔でアミリアの腕を掴んで和哉の顔から引き剥がした。


「いつまで触ってやがる!」


苛立たし気な声を上げながら、掴んでいた腕をぺいっ!と振り払うギルランスに、アミリアは『はいはい』とばかりに肩をすくめながら、両手を前に出して降参したポーズをしてみせる。


「はいはい、分かったわよ、そんなに怒んなくてもいいじゃない」


「ったく……お前は……」


呆れたように呟くギルランスにアミリアは全く悪びれないで笑っている。

そんな二人様子が無性に可笑しくて、和哉は思わず「ぷっ」と吹き出し声を出して笑ってしまった。


「あはははっ」


不意の笑い声にギルランスとアミリアが揃って視線を向け、驚いたように目を見開いた後、二人ともつられるように笑い出した。


その後、三人で暫く他愛のない話をしていたのだが、何気なく和哉が「ギル」と愛称呼びをした途端、即座にアミリアが反応した。


「えっ!? ええぇぇぇぇぇ!! カズヤ、『ギル』って呼んでんの!? なんで!?」


見開いた目から青い瞳がこぼれ落ちそうなくらいだ。

アミリアにすごい剣幕で問い詰められた和哉はたじろぐ。


「えっ、なんでって……そう呼ぶように言われて……え?なに?」


アミリアの勢いに戸惑いながらも和哉が答えると、彼女はさらに目を剥いた後、「へ~」とか「ふぅ~ん」とか言いながらニヤニヤとギルランスを横目で見やった。


「……んだよ?」


アミリアの視線に気付いたギルランスは眉間に皺を寄せながらそう言うと、どこか居心地が悪そうにチッと舌打ちしてそっぽをむいた。

そんなギルランスの様子にアミリアのニヤニヤは徐々に嬉しそうな笑みに変わり……そして、和哉に向き直ると満面の笑みを見せる。


「カズヤ、あなた相当ギルに気に入られているのね!?」


「――へ? そうなんですか?」


いまいち実感が湧かない和哉は、間の抜けた返事をしてしまう。


「だって、このおっかない男がよ? 他人にそんな風に呼ばせて許してるのなんて、私くらいよ? そんな人、レア中のレアよ!」


(え? そうなの!?)


一瞬、アミリアの言った『今では』の言葉に引っ掛かりを感じた和哉だったが、そんなことよりも、あの呼び方がそんなに特別なことだとは思っていなかったので、そちらのほうで驚いてしまった。

と同時に、それがとても嬉しくて内心小躍こおどりしながらニヤケそうになるのを必死に我慢していた。


「それは、えっと……嬉しいですね」


(うわ~、なんかすっごい照れる……!)


気恥ずかしくて視線を合わせられずに、俯きがちに言うと、アミリアは微笑みながら和哉の手を取り、ギュッと握りしめた。

目にはうっすら涙が浮かんでいる。


「そっかぁ……よかったぁ……やっとギルにも心を許せる人ができたんだ……嬉しいなぁ……ホントに良かった……」


アミリアはグスッと鼻をすすりながら心底ほっとした様子で言った。

和哉は、まるで自分のことのように喜ぶ彼女を見て、なんだか胸がいっぱいに満たされていくのを感じた。


「ありがとう、カズヤ……これからもギルのこと、よろしくね」


そう言うとアミリアはさらに強く和哉の手を握り締めた。

その手は温かく、優しい気持ちが伝わってくるようだった。

アミリアは本当にギルランスが大切なんだということがありありと伝わってくる。


「はい、こちらこそよろしくお願いします!」


和哉が笑顔で答えると、アミリアも花が咲いたように微笑んだ。

そしてギルランスのほうに顔を向けると今度は悪戯っぽい表情で言う。


「ギル、あなたもしっかりしなさいよね?」


言われたギルランスはバツが悪そうに顔をしかめ、小さな声でボソッと「……うるせぇ」と言うと再び顔を背けてしまった。


照れてそんな態度を見せているのか、本当のところは和哉には分からなかったが、不貞腐ふてくされている様子を見ていると、つい頬が緩んでしまう。

アミリアもギルランスの反応をクスクスと笑いながら見ていた。

そんな二人の視線に耐えかねたのか、ギルランスは眉間に皺を寄せながら不満気に口を開く。


「――んなことより、こいつの怪我はもう大丈夫なのか? 結構血が出てただろ? 治ってんのかよ?」


話題を変えようとしたのか、そう言うギルランスに対し、アミリアは呆れたようにため息をついた。


「あのね、私が治療したんだし大丈夫よ! 私の力、知ってるでしょ!? そんなに心配なら見てみる?」


そう言ったかと思うと、アミリアは和哉の包帯を躊躇なくほどき始めた。


(うわわわ! ちょ! 待っ――!)


焦る和哉をよそにあっという間に包帯は全て外されてしまい、傷口があった部分が露わになる。

傷自体は塞がっているものの、肩から袈裟懸けに大きくみみず腫れのような跡がまだ痛々しく残っていた。


(こ、これはけっこうひどいな……)


和哉は初めて自分の傷の状態を確認して、少し驚いた。

こんなにもひどいとは思っていなかったからだ。

それは自分で見ても痛々しい傷跡だった。


アミリアは和哉の傷を確認しつつ満足そうにうんうんと頷いた後、ニッコリと笑った。


「うん、だいぶよくなってきてるわね。これならもう治りそうよ」


その言葉にギルランスはホッとしたような表情を見せたが……。


「ただ……」


そう付け加えながらアミリアは浮かべていた笑顔を曇らせて続けた。


「この傷痕なんだけど、かなり深かったみたいで完全には消えそうにないのよね。今よりは薄くはなるけど、これからずっと残ると思うのよ……」


アミリアの言葉にホッとしていた様子のギルランスの表情はたちまち曇っていった。


和哉としたら、あれだけの大怪我から生還できただけでも奇跡のようだと思っていたため、傷痕が残ることなどもはやどうでも良かった。

むしろここまで回復させてくれたことに感謝しかない。

自分の命の恩人である二人にそこまで心配させていることを申し訳なく感じた和哉は、できる限りの明るい笑顔を二人に向けた。


「いや、全然大丈夫ですから気にしないでください、むしろ男の勲章?的な感じでカッコいいじゃないですか!!」


敢えて軽く冗談っぽく笑い飛ばすように言ってみると、それを聞いた二人は一瞬キョトンとした顔をして顔を見合わせてから苦笑した。


「お前ってほんと変わってんな……」


「ふふ、そう言ってくれちゃうところがまたね……」


そう言って三人で笑い合い、沈みそうになっていた空気が和やかになったところで、突然アミリアがパンっと手を叩き、何かを思い出したように「あっ!!」と声を上げた。

その声に和哉とギルランスはビクッと体を硬直させる。


「ど、どうした?」


「何かあったんですか?」


何事かと心配する二人に、アミリアは少し慌てる様子を見せた。


「いっけない! 私、次の仕事が入ってるんだったわ。そろそろ帰るわね。カズヤ、一応今夜一晩は無理しちゃダメよ、しっかり休んでね。明日には全回復してるはずよ! じゃあ、またね!」


口早くちばやまくし立てるようにそう言った後、アミリアは和哉にパチリとウィンクをして、そのままバタバタと慌ただしく出て行ってしまった。


残された二人は、暫くポカンとしたままアミリアの出て行った扉を眺め続けていた。

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