目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話:珈琲の味

 チュートリアルフィールドでは、ルウの攻略エピソードの他に、もう1つやることがあった。

 空へ還ったルウを見送った後、私は森を出て村へ向かった。


『村長が君に何か話したいことがあるようです。村長の家へ行きましょう』


 ガイド音声(私の声)がメインクエストに誘う。

 でも、それは後回し。

 裏ルートの攻略のため、私はガイド表示の矢印とは違う方角へと走った。


 このゲーム、タイトルに「珈琲」とついているように、ゲーム内で珈琲を飲むことができる。

 味覚の再現度は素晴らしくて、提供するNPCによって味が違ったりするよ。

 珈琲を主人公や攻略対象キャラが飲めば様々なステータスが上がり、攻略対象と2人きりでコーヒーブレイクを楽しめば好感度もUPする。

 チュートリアルフィールドにも、珈琲を飲ませてもらえる場所があった。

 そこで飲む珈琲の効果が、ルウ攻略エピソード2で役に立つの。


「村長が君を呼んでいたぞ。村長の家へ行った方がいいよ」


 村はずれの小さな農園。

 そこの入口近くにあるカフェの店主(CV:林翔太)が言う。

 チュートリアルでしか会えないNPCなのに、無駄にイケボだわ(笑)

 農園は珈琲の木を栽培していて、カフェでは自家製珈琲を飲ませてもらえる。

 お金はかからないので、所持金ゼロでも大丈夫。


「うん知ってる。村長の話の途中で寝てしまわないように、珈琲を1杯飲ませてもらえる?」

「あはは、村長は話し出すと長いからなぁ」

「苦さ3倍増し、ブラックでお願い」

「はいはい」


 ここは、フリートークで珈琲関連の話ならAIがほぼ対応してくれる。

 イケオジ好きなら、つい入り浸っちゃうかもね。


(うわっ苦いっ! 牛乳で割りたい……)


 濃さをリクエストすると出てくる3倍増しの珈琲は、当然ながらめちゃくちゃ苦い。

 デミタスカップ1杯のお湯に、インスタントコーヒーを大さじ山盛り3杯入れたより苦いかも。

 気合いを入れてグイッと飲み干すと、ガイド音声がステータス変化を報せた。


『とても苦い珈琲を飲んで、根性値が大幅にUPしました』


 苦さ3倍増し珈琲を飲み切ると、根性値が上昇するの。

 その効果は無期限で、ずっと根性値3倍増しが続く。

 根性値が何の役に立つかは、次にルウと会うときに分かるよ。


「ごちそうさま、じゃあ村長の家に行ってくる」

「ああ行ってきな。なんか頼み事があるみたいだったぞ」


 NPCにしとくのがもったいないようなイケボに送り出されて、私は村長の家へ向かった。

 初回プレイでメインクエストほったらかしてあちこち行くプレイヤーなんて、あんまりいないかもしれない。



「やっと来おったか。随分待ったぞい」


 村長(CV:神崎コージ)に会うと、そんなことを言われた。

 この台詞は、プレイヤーがチュートリアルフィールドに入ってから会いに来るまでの時間で変化する。

 村長の家は、普通にプレイしていればすぐ行ける場所にある。

 ガイドに従って向かえば、1分もかからない。

 森へ行って重傷の天使長を助けたり、農園に行って激苦珈琲を飲んだりしていた私は、開始から20~30分ほど経っていた。


「村長、頼み事ってなぁに?」

「孫のエミルがまた発作を起こしてしまってな。薬草を採ってきてほしいんじゃ。引き受けてもらえるかの?」


 村長の台詞の後、選択肢が現れる。


 A「はい」or B「いいえ」


 といってもここで「はい」を選ばなければ、チュートリアルクエストは進まない。

 このクエストをクリアしなければ次のフィールドに行けないので、私は「はい」を選択した。


『薬草がある場所へ移動しますか?』


 ガイド音声が問いかけると共に、また選択肢だ。


 A「はい」or B「いいえ」


 これも「はい」を選択するしかゲームを進める手段はない。

 薬草の採集場所へは、システムに転移してもらえるので迷子にならず、移動が楽だった。


(うわぁ絶景……っていうか怖っ!)


 但し、めっちゃ断崖絶壁な場所だけど!


 年寄りの村長では、こんなとこ危なくて採りに来れないね。

 そんなことを思いつつ薬草を摘んで、村長から借りたカゴに入れる。

 カゴがいっぱいになれば、薬草採集クエスト完了!


『村長の家に移動しますか?』


 クリア条件を達成すると、ガイド音声と共に選択肢が現れる。


 A「はい」or B「いいえ」


 もちろん「はい」を選択して、私は村長の家へ転移した。


「薬草、採ってきたよ」

「おお! ありがとう。湯を沸かしてあるから、煎じるのを手伝ってもらえるかの?」


 村長に薬草が入ったカゴを渡すと、また選択肢が現れる。


 A「はい」or B「いいえ」


 これも「はい」しかゲームを進める道はない。

 今度は薬湯作りのクエストだ。

 薬湯はハーブティーのようなもので、回復や状態異常解除などの効果があるよ。

 このクエストをクリアすると、生産系スキルの【薬草茶作り】がステータスに追加される。


「うむ、上手く出来たようじゃ。これをエミルに飲ませるから一緒に来ておくれ。お前さんに会いたがっておるからな」


 薬湯作りが終わると、今度はエミルに薬を届けに行くクエスト。

 そこから続くシナリオを知っている私は、うわぁ~出たぁ~なんて思ったりする。

 とはいえ、それをクリアしなきゃチュートリアルが終わらないので、やるしかないんだけどね。


 村長と一緒に部屋へ行くと、発作を起こしたというエミルは気を失っていた。

 よほど苦しんだのか、ベッドから身体半分ほどずり落ちてグッタリしている。


「エミルに薬湯を飲ませてやっておくれ。自力では飲めぬから口移しでな」


 ……おじいちゃん、子供相手にとんでもないこと言ってる!


 主人公、チュートリアルでファーストキスとさよならですよ。

 私の場合は、先にルウとキスしているのでファーストではないけれど。


「ワシがやったら怒られるからな。大好きなお前さんならエミルも喜ぶじゃろう」


 村長、孫が幼馴染(っていう設定)に唇を奪われてもいいの?

 エミルは主人公と仲が良く、いつも一緒に遊んでいる少年。

 持病があって度々発作を起こして倒れている。


 エミルは攻略対象ではなく、チュートリアルのみ登場で、この後に会うことは無い。

 主人公に片思いしているっていう設定のNPC。

 でも、ファンサービスなのか、攻略対象に負けないレベルの美少年だったりする。

 パジャマのボタンがはずれて胸がはだけている姿は、無駄に色気があった。


(……なんでチョイ役のNPCがこんなに美形なの)


 心の中でツッコミを入れつつ、私はずり落ちたエミルの上半身を抱えてベッドに引っ張り上げる。

 グッタリして全く動く気配が無いエミルに、現実世界で昏睡状態のケイが重なる。

 私はベッドに腰かけると、村長が差し出すカップを受け取って薬湯を口に含む。

 片手の指先でエミルの口を少し開かせると、唇を重ねて薬を流し込んだ。


 現実世界では、意識の無い人間に口移しで薬を飲ませるなんて危険だから、やらないけど。

 このゲームのキャラクターたちは、誤嚥とか無いから大丈夫。


 このチュートリアルクエストで、主人公がもつ特殊能力が明らかになる。

 身体に触れたりキスをしたりすることで、相手を癒す力。

 その力は公式ガイドにも載っているので、それを読んだ人ならチュートリアル前から知っている力。

 それが薬湯の効果に上乗せされて、エミルは一気に全回復した。


 エミルの細い両腕が持ち上がり、私に抱きついてくる。

 意識が戻ったことに気付いた私が顔を離すと、エミルはとろけるような笑顔をこちらに向けた。


「ありがとう」


 頬を赤らめて、うっとりした顔で言うエミル(CV:広瀬ケイ)。

 声域が広いケイの声の中でも、ボーイソプラノに近い高音域を吹き込まれたキャラがエミルだ。


 エミルの中に、ケイはいない。

 でも、エミルの声は、ケイの声だ。

 この子もケイの分身だと思っておこう。


 エミルが嬉しそうに「お礼のキス」をしてくるのを受け入れて、私は彼を抱き締めてあげた。


 ……後ろでおじいちゃん見てるけどね!


「なんと……こんなに早く回復するとは……まさかお前さん、天使の力を持っておるのか?」


 エミルの回復が早過ぎることで、主人公の力に気付いた村長。

 その後、村長に神殿へ行くように言われて、チュートリアルクエストは終わった。

 チュートリアルフィールドから飛ばされる先の神殿で、ルウ攻略エピソード2が始まるよ。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?