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第12話:黒炎使いディアモ

 天界と魔界の狭間にある人界。

 私は下位天使たちと共に、森の外側辺りで下級モンスターの討伐を始めた。

 下位天使たちの隊が討伐する魔物は、私も通常攻撃で倒せるものばかりだ。

 森の魔物は中心部へ行くほど強くなる。


 天使たちが人界へ降りて魔物を狩る理由は、人界に魔物が増えすぎると魔族の勢力が広がるから。

 かといって人界にいる魔物を全て狩り尽くすと、人間たちが食べることができる魔物もいなくなってしまう。

 それで、討伐隊が適度に狩って肉は貧しい人々に分け与えている。


「よし、今日はこのくらいにしておこう」


 下位天使リーダーがそう言って、今日の狩りは終わった。

 私たちは倒した魔物の肉を付近の村へ届けに行った。

 貧しい農村では、肉は凄い御馳走になる。


「これ、みんなで食べてね」

「天使様、ありがとうございます!」


 肉を配って回ると、私も天使だと思われてしまった。

 天使たちと行動を共にする人間なんて滅多にいないものね。

 おまけに、私は天界の食べ物や飲み物を口にしているので、放つオーラがもはや人間のものではなくなっている。


「みんな配り終えたな。そろそろ帰ろう」


 村の全ての人に肉を配り、手持ちが無くなるとリーダーがメンバーに呼びかける。

 天使たちが翼を広げる中、天馬エーレが私の傍にスッと現れた。


「なんと、勇者様でしたか」

「御身が光と共に在られますように」


 天馬がその背に乗ることを許す者といえば、魔王討伐の先陣を切る勇者しかいない。

 村人たちは、私が何者か察した。

 人々から祈りを向けられながら、私は天馬に乗って天使たちと共に空へと飛び立つ。


 私は魔王を倒す為じゃなく、ケイを救う為にこの世界に来たんだけど。

 勇者のお仕事をしなきゃケイを救い出せないのなら、喜んで引き受けるよ。



   ◇◆◇◆◇



 下位天使たちと共に碧空を進み、ミカたちと合流予定の空域まで来たとき、私は異変に気付いた。

 シナリオ通りなら、向こうも討伐を終えて私たちと合流して天界へ帰るところだ。

 なのに、いる筈のない敵がいる。

 漆黒の翼、黒檀のような肌、靡く髪も纏う炎も黒い、邪悪な笑みを浮かべる男。

 それが誰か、私は知っている。


(ディアモ?! どうして今ここに?!)


 シナリオとは異なる敵の出現タイミングに、私は困惑した。

 ミカの好感度が高い場合のみ、出現する筈の中ボス。

 四大天使と同等の力を持つ魔界の四天王の1人で、炎を操るディアモ。

 力が拮抗するので、ミカ1人では勝てない。

 ディアモを倒すには、主人公とミカの親密度が上がると使える特殊な攻撃スキルが必要になる。


「ま……魔族?!」


 ディアモを知らない下位天使たちも、魔族の出現に驚きの声を上げた。

 その声に気付いたミカが、ハッと振り返る。


「来るな! 逃げろっ!」


 叫んだ直後、ミカは漆黒の巨大な炎の球体に飲み込まれた。

 ルウのエピソード2で私が受け止めた暗殺者の火球よりも、はるかに大きな黒炎の球体だ。


「馬鹿め! よそ見をするからだ」


 黒翼を羽ばたかせて空中に浮かびながら、ディアモが嘲笑する。

 上官の危機に、下位天使たちが青ざめた。

 炎の球体は中の様子が全く見えない。

 ミカの声も聞こえない。

 ただ、球体の外にはみ出ている白い翼の先が、何度かビクッとこわばるような動きをした後、フッと脱力したように動かなくなり、消えていくのが見えた。

 戦闘中に天使の翼が消失することは、力尽きたことを意味する。


「終わりだな」


 ディアモが冷たく嘲笑う。


 私たちに気を取られていなかったら、ミカは攻撃を食らわなかったのに。

 あのスキルが無ければミカはディアモを倒せないけれど、決着つかずで引き分けて退却くらいはできたかもしれない。


(早くミカに接触して、治癒の力を使わなきゃ……)


 おそらくミカは仮死状態になっている筈。

 私はどうすればミカを助けられるか、必死に考えた。

 下位天使たちは迂闊に声を上げてしまったことを悔い、全員言葉が出てこない様子で沈黙している。


「呆気ないものだ」


 ディアモが、片手を地面へ向けて振り下ろすと、黒い球体はミカを捕らえたまま急降下して大地に激突した。

 地上で球体が爆発し、地面に大きなクレーターができる。

 クレーターの中心に、翼の無い赤い髪の少年が倒れているのが見えた。

 私はその少年が、力尽きたミカだと知っている。

 天使たちは体力と精神力が尽きると、エネルギー消耗を抑えるため翼の無い子供の姿に変わるの。


「さて。都合よく来てくれた勇者も、ついでに片付けておこうか」


 ディアモは、次の標的を私に定めたらしい。

 今の私に、ディアモを倒す力は無い。


『エーレ、急降下して!』


 私はディアモを避けて、念話で天馬に急降下を命じる。

 エーレは指示に従い、翼を畳むと一気に降下し始めた。


「逃げられると思うのか?」


 背後からディアモの声が聞こえる。

 降下しながらチラッと後ろを振り返ると、ディアモが片手をこちらに向けているのが見えた。


『エーレ、私から離れて!』


 私は天馬を巻き込まないように、サッと飛び降りて命じる。

 エーレは私の意図を理解してくれて、素早く横へ飛び去る。

 私は落下しながら装備画面を開き、弓から盾に持ち替えた。


「盾などで防げるものか、消し炭になるがいい!」


 ディアモの嘲笑が聞こえる。

 私は飛んでくる火球と接触する直前に、スキルを発動した。


 盾スキル:全力反射フルリフレクト


 それは、私のパッシブスキル【不屈の反撃】と相性の良いバフスキル。

 敵の攻撃を全て反射する効果があり、それを使えば無傷で反撃が可能だ。

 【不屈の反撃】と併せて発動すれば、【全力反射】で攻撃を100%返して、パッシブスキルによる光属性の反撃ダメージも加わる。


 ミカを襲ったものと同サイズの黒い火球が、私を包んだかに見えたのは一瞬のこと。

 火球はUターンして飛び、ディアモを襲った。

 黒炎丸ごと返却、魔族の苦手とする光ダメージのオマケつきだよ。


「なにっ?!」


 ディアモは驚きの声を上げ、黒い炎と白い光の中で消えていく。

 でも、倒した感じは無い。

 多分、不利と察して逃げたんだろう。


 無傷で済んだ私が落下していくと、エーレがサッと飛んできて背中に乗せてくれた。

 地上へと降りると、私は倒れたまま動かないミカに駆け寄った。


「ミカ!」


 抱き起して呼びかけても、全く反応は無い。

 ミカの身体に力は全く入らず、抱いているとグッタリと仰け反ってしまう。

 でも、少年ミカの肌は、黒い炎に完全に包まれていたのに焼け爛れてはいない。

 衣服も天界で作られた特殊素材だから、燃えてはいなかった。


 ミカは黒炎に抵抗するために力を使い果たして、仮死状態になっているだけ。

 彼を助ける方法は、もちろん分かっている。

 私は治癒の力を使うため、赤毛の少年と唇を重ねた。

 力が完全に抜けている身体を抱き締めて、回復を願う。


 現実世界では、私はケイ以外の人とキスをしたことはない。

 ゲーム世界でも、ケイが声を吹き込んだキャラとしかキスをしたことがない。

 ミカは、ケイ以外で私が初めてキスをした相手となった。


 しばらく口付けたまま回復を待ち、鼻から息が漏れ始めたので顔を離して様子を見る。

 止まっていた呼吸が戻り、ミカは溜息のように息を吐いて目を開けた。


「逃げろって、言ったのに……」

「無理です」


 ミカの第一声に、私は即答した。

 あの状況で逃げたら、一生後悔すると思う。


「……蘇生してくれたのか。ありがとな」

「武術を教わったから、恩返しですよ」


 ミカは自身の姿が少年になっていることに気付くと、フッと微笑みを見せる。

 仮死状態に陥っていたのを蘇生されたと察したんだね。

 私は『恩返し』を少し強調して答えた。

 恋愛感情が無くても治療のためならキスをする、それが天界ルールなの。


「キス、おかわり頼んでもいいか?」

「そんな、お酒かなんか頼むみたいな……」


 まだ完全回復とまではいかないミカに頼まれて、私は2回目のキスをした。

 そのキスでミカは全快して、少年から青年の姿へと変わる。


「よし、帰るぞ」

「ふぇ?!」


 ミカは私を軽々と抱き上げて、スクッと立ち上がる。

 驚いて変な声が出ちゃった私に構わず、ミカは白い翼を広げて飛び立った。


「ディアモが現れたことを報告せねばならん」

「えっと、なんで私はお姫様抱っこされてるの?」

「恩返しだ」


 ミカは涼しい顔して私を抱いたまま飛翔する。

 その後ろで、私を運ぶ役目を奪われたエーレが、抗議の嘶きを上げていた。


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