恋愛シミュレーションゲーム【天使と珈琲を】は、主人公と攻略対象との恋愛の他に、攻略対象同士の恋愛が成立することもある。
所謂BL展開ね。
女性プレイヤーの中には、第三者として美形キャラ同士の恋愛を観察して楽しみたいって考えの人が結構いるので、このゲームはそっち系の展開も用意されているよ。
攻略対象同士のカップリングも楽しんでほしいね、って制作チームの人たちが言っていたよ。
誰と誰が結ばれるかは、プレイヤー次第。
プレイヤーが2人の接近を誘導してあげて、結ばれることもある。
一方、特に何もしなくても自然にくっつくNPCカップルもいた。
炎の大天使ミカ・フラムエルと、風の大天使ファー・ラエルは、もともと仲が良い設定もあって、比較的結ばれやすい。
ミカは好感度が上がりやすく、主人公と結ばれやすいメイン攻略対象。
だけど、私みたいに他の攻略対象の方が親密度が高い場合は、ミカは親友のファーを愛するようになる。
「ディアモを倒せたんだね」
「ああ。といっても、俺じゃなくて勇者がやったんだけどな」
神殿の中庭を歩いていた私は、薔薇園で寄り添って話す2人を見つけた。
真紅の薔薇が咲き誇る場所で微笑み合うのは、ミカとファーだ。
(……あ、腐女子向け御褒美イベント始まっちゃった)
台本に載っているシーンなので、私は冷静だった。
ここからどういう展開になるかも知っている。
「ミカの命を狙う奴がいなくなってホッとしたよ」
「そう簡単に殺されたりはしないけどな」
「何言ってるの、1回仮死状態になったくせに」
「ヒロが蘇生してくれたから、なんともないぞ」
「……一緒にいたら蘇生してあげたのに……」
「え?」
「なんでもない」
ちょっと鈍感なミカと、拗ねるファー。
ファーの気持ちに反応するように風が吹いて、薔薇の花弁が周囲に舞う。
選択肢が現れた。
A.隠れてそっと見守る B.見なかったことにして立ち去る
私は2人に見つからないように、咄嗟に木陰に隠れた。
つまり、選んだのはAね。
私は腐女子ではないけれど、好奇心はあるんだよ。
他の人の恋愛の様子とか、気になっちゃう。
「ミカ……」
ファーが少し頬を赤らめた後、不意にミカの唇を奪う。
ミカは驚いた顔をするものの、拒まない。
真紅の花弁が風に乗って、2人を祝福するように周囲を回る。
その中で口付けを交わす2人のシーンは、【天使と珈琲を】腐女子向けPVになっていた。
私はナレーションをしたから、知っている光景でもある。
(……あ、噂の誘い受けだ)
ファーが微笑みながらミカを誘うようにして草の上に倒れ込むのを見て、私は腐女子の友人が言ってたことを思い出した。
誘い受けとは、言葉や仕草で相手を誘ってその気にさせることらしいよ。
この後にどんなシーンがあるかも、私は知っている。
腐女子なら引き続き鑑賞するだろうけれど、私はその先を観ずにコッソリと立ち去った。
美麗なBLシーンが観たいプレイヤーさんは、その場に残ることをオススメしておこう。
(そういやこのシーン、TERUさんと絵美さんノリノリで収録してたなぁ)
中の人たちが「渾身の出来」などと言って笑っていたのを思い出す。
ミカ役のTERUさんとファー役の岡田絵美さんは、プライベートでも仲の良い2人だ。
広瀬家へ遊びに来るときはいつも一緒に来るよ。
SNS上で婚約発表もしていたなぁ。
声優って俳優ほど姿を知られていないから、2人が付き合っているのを知ってた人はほとんどいなくて驚いたファンが多かった。
小さい頃から2人を見ている私としては、2人が結ばれるのは予想通りだったけどね。
(TERUさんと絵美さん、今頃どうしているかなぁ?)
ちょっと懐かしく思ったりする。
って言っても、現実世界ではログイン1時間半くらいだけど。
(早く帰って、またみんなで食事会をしたいよ)
いつもの日常に戻りたい。
ケイを現実世界へ連れ戻して、みんなで集まってゴハン食べたい。
翔太さんが作った手羽先のザーサイ詰め、美味しかったな。
作り方を教わったから、ケイにも作って食べさせてあげたい。
打ち上げパーティの日、ケイはおつまみを運んだだけで、食べる前に意識を失っている。
ケイには早く意識を取り戻して美味しい物を食べてもらいたい。
(それに、ケイがゲーム世界に閉じ込められた原因も調べなきゃ)
ケイをこんな目に遭わせたのは誰?!
何のためにケイをゲーム世界に閉じ込めたの?
何を使ってケイを昏睡状態に陥らせたの?
犯人を捕まえてその謎を解かないと、ケイを助け出しても安心はできない。
私は気を引き締めた。
ゲームのシナリオ後半、これから残り3人の中ボス戦シナリオが待っている。
それを全てクリアしたら、ルウの好感度はMAXになる筈。
その後に待つのは、隠しラスボスとの対戦だ。
今はとりあえず、次の中ボス戦に備えよう。
ディアモみたいに攻略対象の好感度が3未満でも出現しそうな気がするから。
次にどの中ボスから出現するかは、まだ分からないけれど、用心しといた方が良さそう。