「アルト・フォン・リヴィエール、お前に与えられる領地は王国最果ての《バルハ砂漠》だ。そして、この王都への帰還を禁ずる」
国王の、氷のように冷たい声が、王城の広間に凍てつく空気と共に響き渡った。それはまるで、長年溜まった余計なゴミを、ようやく片付けるかのような無慈悲な宣告だった。
「……は?」
アルトは一瞬、自分の耳を疑った。しかし、周囲を取り囲む貴族たちの顔に浮かぶのは、当然だと言わんばかりの嘲笑。ひそひそと、侮蔑に満ちた声が彼らの間から漏れ聞こえてくる。
「当然の処遇だな。戦闘スキルのない貴族など、ただの役立たずだ」
「水を操作するスキル? ぷっ……そんなもの何の役に立つ? 水魔法ですらないなんて、無能にも程がある」
忌々しい罵声が、次々とアルトの心に突き刺さる。
アルトがこの世界で授かったユニークスキル——《水操作》。それは水そのものを生み出すことも、強力な水流で敵を押し流すこともできない、ただ汚れた水を浄化するだけの能力だった。ゆえに、戦場では何の役にも立たないと蔑まれ、貴族社会において「力こそ全て」と謳われるこの国では、彼の存在は完全に無能と判断されていたのだ。領地を守る術なき貴族は、ただの重荷でしかなかった。
「……異議申し立ては?」
「ない」
国王は感情の欠片もない瞳で、ただアルトを見下ろしていた。言い放たれた一言には、一片の情も許さない断固たる意志が込められている。
アルトはひとつ、苦笑しながら肩をすくめた。もともとこの国に多大な期待など抱いていなかったが、ここまで露骨に切り捨てられるとは正直思っていなかった。だが、それもまた、一つの清算に過ぎない。
(まぁ、こんな腐りきった国に、もう何の未練もないしな。むしろ、ちょうどいいか……)
与えられた領地——バルハ砂漠。焦げ付くような日差しが照りつけ、風が舞い上げるのは乾いた砂ばかり。まともな水源すらない、ほぼ死の大地と化した辺境中の辺境だった。貴族としての体裁は一応保たれるものの、その実態は、紛れもない追放と同義。しかし、アルトはこれを絶望とは捉えなかった。これは、しがらみから解放され、彼自身の力で切り拓く「新しい人生の始まり」なのだと。
「ふふ……面白くなってきたじゃないか」
王城を後にする彼の瞳は、もはや絶望の色を宿してはいなかった。そこに宿るのは、これから始まる未知への好奇心と、困難に立ち向かう研ぎ澄まされた闘志。
こうして、「無能」と蔑まれ追放された一人の男の、新たなる伝説が始まる——。