灼熱の太陽が容赦なく照りつける。風は乾ききっており、砂と埃が舞い上がるばかりで、生命の気配はどこにも見当たらない。
「……想像以上にヤバいな」
アルトは馬車の窓から広がる光景を見て、思わず苦笑した。その頬を伝う汗さえも、すぐに乾いていくような灼熱の環境に、彼自身の決意が試されているかのようだった。王都を出発して十日、ようやく辿り着いた領地——バルハ砂漠は、まさに不毛の地だった。
「水どころか、まともな草木すら生えてねぇ……。これでどうやって領地経営しろってんだ」吐き出した愚痴は、熱い空気の中に溶けて消えた。王都を追放される際、最低限の物資と数名の従者こそつけられたものの、ここまで過酷な土地とは思わなかった。
「まぁ、泣き言を言っても仕方ないか」アルトはそう独りごちて、馬車を降り、領地の中心部へ向かった。
バルハの中心には、小さな集落があった。とはいえ、それは「村」と呼ぶのもおこがましいほどの荒れ果てた場所だった。建物は風化し、いまにも崩れ落ちそうで、わずかに住んでいる人々もやせ細り、疲れた顔をしている。
アルトが現れると、住民たちは警戒するような目を向けた。彼らの瞳の奥には、新たな支配者への期待と、長年培われた諦観が混じり合っていた。
「……新しい領主さま、ですか?」
そう声をかけてきたのは、白髪交じりの老人だった。彼はゆっくりと頭を下げながら、どこか申し訳なさそうに言葉を続ける。
「ようこそ、バルハの地へ……。ですが、ここは何もない土地。王都の方々からは『死の大地』と呼ばれ、見捨てられた場所です」老人の声は、乾いた風にのってかき消されそうだった。
「そうみたいだな。まぁ、俺はここで生きていくつもりだから、よろしく頼むよ」
アルトはにこやかに笑いながら答えたが、住民たちは暗い表情のままだった。
「領主さま……この土地では、何をするにも水が必要です。しかし、唯一の井戸はもはや底が見え、水は泥のように濁り、雨もほとんど降りません。作物も育たず、家畜すら満足に飼えない……。何もかもが足りません」
「ふむ……」
アルトは少し考え込み、そっと手をかざした。
「《水操作》」
すると、彼の手のひらの上に小さな水滴が生まれ、ふわふわと宙に浮かぶ。それを見た住民たちは、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに失望したように目を伏せた。彼らの瞳には、ほんの一瞬の希望の光が宿り、それがすぐに消え失せるのが、アルトには痛いほど分かった。
(……まぁ、そうなるよな)
水を「綺麗にする」だけのスキル。それが王都で無能扱いされた理由だった。しかし、アルトは王都で笑われていた頃とは違い、このスキルの可能性にすでに気付き始めていた。
「水が足りないなら……作ればいいだけだろ?」
アルトは静かに目を閉じ、自らのスキルに意識を集中させた。
(……わかる。地下深くに水脈がある)
《水操作》の能力が進化していた。水の流れを「感じる」ことができる。そして、そこから水を湧かせることすら——。
アルトは地面に手をつき、そっと力を込めた。その手のひらから、自身の魔力が大地へと流れ込んでいくのを感じる。
「湧け……!」
すると、乾ききった大地から「ボコッ」と空気の弾ける音がし——次の瞬間、砂の隙間から水がじわじわと染み出し始めた。最初は手のひらほどの小さな水たまりだったが、みるみるうちに広がり、やがて細い水流となって乾いた砂を押し分けていく。
「え……?」
最初に気づいたのは、白髪の老人だった。
「み、見てください! 水が……水が湧いています!」
住民たちは一斉にアルトの周りに集まり、目を見開いて地面を凝視した。
「う、嘘じゃろ……? こんなこと、今まで一度も……!」震える声でつぶやく者、膝から崩れ落ちる者、ただただ呆然と立ち尽くす者。住民たちの反応は様々だったが、その誰もが目の前の奇跡に言葉を失っていた。
「領主さま、これは……!?」
「……どうやら、俺のスキル、思ってたより使えるみたいだな」
アルトは口元を緩めながら、住民たちの驚きの顔を見渡した。
(これなら、やれる……!)
水さえあれば、土地を潤し、作物を育てることができる。そして——魚を養殖することすら可能だ。彼の脳裏には、緑豊かな大地と、そこで笑顔で暮らす人々の姿が鮮明に浮かんでいた。
王都では「無能」と笑われたスキル。だが、それを使えば、この荒れ果てた土地を豊かな楽園に変えることができるかもしれない。
「よし、まずは水源の確保だな。俺はここを『生きられる領地』にする!」
こうして、アルトの新たな挑戦がバルハの砂漠で幕を開けたのだった。