「塩を作るばい……?」
ティナが目をぱちくりさせながら、アルトの顔を覗き込んだ。その瞳には、純粋な疑問が浮かんでいる。
「そうだ。俺のスキルなら水の成分を変えられるから、塩分濃度を上げれば塩が作れるはずなんだ」
アルトの言葉は、まるで目の前に完成品があるかのように、淀みなく語られた。
「ふーん……なるほど。確かに、ここには塩がねぇけん、作れるなら交易品にもなるばい!」
ティナは腕を組みながら「ほうほう」と感心したように頷いた。彼女の頭の中で、村の未来図が少しずつ鮮明になっていくのが見て取れた。
「でも、どうやって塩ば作るん?」
「簡単な話さ。湖の水を利用して《塩田》を作るんだ」
アルトは湖の近くに広がる平坦な砂地を指差した。広大な砂漠の中に、ぽつんと広がった平地。そこはまさに、塩田を作るために用意されたかのような場所だった。
「まず、ここに浅い池を作って、湖の水を引き込む。そして、俺の《水操作》で塩分濃度を上げて、水を蒸発させれば……塩が残る!」
「……おおっ! 天才やん!」
ティナは目を輝かせた。その瞳は、まるで未知の宝物を見つけたかのように、きらきらと光っていた。
「そげん上手くいくんか試してみよーや!」
さっそく村人たちと協力して、小さな塩田を作ることにした。鍬とスコップが砂を掘り起こし、泥と石を積み上げていく。慣れない作業に汗を流しながらも、村人たちの顔には期待の光が宿っていた。
まず、湖から少し離れた場所に、泥と石で囲った浅い池を作る。
「よし、ここに水を引こう」
アルトは手をかざし、《水操作》で湖の水を塩田へと流し込む。そして、もう一度スキルを発動。
「《水操作》——塩分濃度調整!」
すると、池の水がじわじわと白く濁り始める。水底から白い粉が舞い上がるように、水全体が淡い乳白色へと変化していく。
「……おおっ!? なんか変わってきたばい!」
ティナが驚いたように池を覗き込む。その耳はピクリと動き、好奇心いっぱいの様子だった。
「これであとは太陽の熱で蒸発させるだけだ」
強い日差しのもと、時間が経つにつれて水が蒸発し、次第に白い結晶が現れ始めた。池の底に薄く敷き詰められた白銀の粒が、太陽の光を反射してきらめく。
「……できた!」
アルトは嬉しそうに結晶を掬い上げる。その手の中の白い輝きは、単なる塩ではなく、この地の未来への確かな希望そのものだった。
ティナがそっと指でつまみ、ぺろりと舐めた。
「……しょっぱい! ちゃんと塩やん!」
一瞬、顔をしかめたかと思うと、すぐに満面の笑みになった。
村人たちも驚きながら、次々と塩を確かめる。彼らの間には、新たな希望と、領主への信頼が、静かに、しかし確実に広がっていく。
「これはすごい……こんな砂漠で塩が作れるとは……!」
「これなら王都に売ればいい値がつくんじゃないか?」
アルトはにやりと笑った。
「そういうことさ。水だけじゃなく、塩も作れれば、ここは砂漠じゃなくなる」
ここは、もはや単なる追放された地ではない。自らの手で作り出す、豊かな楽園なのだと、アルトは確信していた。
ティナは感心しきりの様子で、アルトの肩をぽんと叩いた。
「アンタ、ほんとすごか男たい!」
「ははっ、もっとすごい村にしてみせるさ!」
こうして、バルハ砂漠には塩田が生まれ、枯渇した大地に新たな光を灯し、交易の可能性が広がった——。