「それが…瀬ヶ池が大好きで、その近くに住みたいからって理由だけでだよ」
「私も早瀬ヶ池に憧れはあるけど、簡単な大学受けて、遠くからでいいや…」
……。
西森さんは2年3学期の中間テストの成績発表では、学年では12位でクラスでは安定の3位。僕は学年では20位で、クラスでは5位に入り、初めて発表された。
高校3年生になると担任は小林愛美先生から、柔道部の顧問の先生の、本田健士(ホンダツヨシ)先生に代わった。そして、西森七香さんともクラスは変わり、僕の隣のクラスに。
そんな4月下旬のある日の学校で…。
『おっ!おーぉ!岩塚ぁ!』
『!』
昼休み…今日は母さんがお弁当を作れなかったので1000円札を握り締め、購買のパンを買い行くために職員室の前を通ったときのこと。
呼ばれて振り向けば…担任の本田先生…。先生も購買のパンを買いに行くらしい。
『お前、男のくせに華奢だなぁ!体重何キロだ?ちゃんと飯食ってるか?身体鍛えてるかぁ?なぁ』
僕は素直に《157cmの45kg》と素直に本田先生に答えると、先生はガハハと大笑いし、太い腕でドン!っと彼の背中を叩いた…せいで、僕は空まで飛んでいきそうになった…なんてことはない。
『柔道部に入れ!柔道で鍛えれば、すぐに俺みたいな《188cm、88kg》の筋肉ムキムキなキレキレ男になれるぞ!』
『……え、えぇ…』
8が多過ぎでしょ…っていう、どうでもいいツッコミは置いといて…。
『男にとって大事なのは筋肉!そして強さ!お前も筋肉を鍛えてみろ!女子にモテるようにもなるぞ!』
33歳独身、あまり女子からも人気のない先生に言われても説得力が…なんて面と向かっては言えない…。
『ダメですよ。本田先生』
購買コーナーに着くと、小林愛美先生が先にいた。
『彼は今、宮学受験という最強の難関と戦っているんです』
『は、はぁ…』
『それに…彼の家は押木町で、登下校に駅からバスで片道1時間以上も掛かってるんです。だから彼は部活動は…』
…あんなにトラのように強そうな本田先生が、小林先生の前では小さくなって、まるで大っきなネコみたいに見えた…。
『岩塚…いやぁ済まなかったな』
『あ、いえ…』
6月初旬から、僕は放課後にまた小林先生を訪ねるようになっていた…。
『…今も続けて宮端学院大学を目指してることは凄いと思う…けど』
…進学相談は担任にするもの。だから今は本当は本田先生にするのが…なんだけど、頼りになるのは先生です!…って真剣に小林先生に言ったら…一度は断られそうになったけど…小林先生は引き受けてくれた。
『今の学力推移のままじゃ合格の可能性は2割…宮学の受験は《一か八かの賭け》《運試し》になっちゃうわよ』
去年までは、宮端学院大学入学への目標は《一応の目標》だった。僕は安易に、最終的には六条大学よりは少し偏差値の高い《美波経済産業大学》に決めるつもりでいた…んだけど。
『…今から教えることは…他の生徒にも、先生にも…言っちゃダメよ。個人情報だから』
『…えっ!あ…はい』
…僕が本気になって宮端学院大学に入学したい!と思った理由は…去年の夏休みに、母さんが見てたあのドラマの影響もあった…。
『…今年の我が校の宮学受験志願者は…今のところ私のクラスの、あの西森さん…だけよ』
『!』
『しかも合格の可能性は8割以上。たぶんね』
『!!』
……実は彼女も藤浦市に来たばかりで…それで不安を抱えていた西森七香さんと岩塚信吾が…お互いを励まし支え合って…絆が生まれて…なんて。
《あの可愛い西森さんと…早瀬ヶ池を歩いて…そしてあの綺麗な夜景を…》という妄想も混じった願望が、今の僕を宮端学院大学入学志望へと力強く後押しし、勢い増して支えていた。