「魔王……まさか、お前が……」
金髪碧眼の勇者が、信じられない、という驚愕の顔でわらわを見つめる。
「……そうじゃ。わらわは今までずっと、お主らと一緒に〝魔法使い〟として旅をしてきたが、本当はお主らの倒すべき相手〝魔王〟なのじゃ」
「私たちのことをずっと騙していたの」
プラチナブロンドの髪を腰まで伸ばした清楚な美少女が、青い瞳をうるませてわらわを見る。その手に握られているのは、聖女だけが持つことを許されるという聖杖エターナルロッド。怪我を治癒するだけでなく、死者すら蘇らせることができる。
「……やはりな。だから俺は、こんな素性の知れないやつをパーティに入れるのは反対だったんだ」
いや絶対わかってなかったじゃろ。耳の長いエルフくん。
……ってか、つい昨晩「この戦いが終わったら結婚しよう」と、熱い眼差しをわらわに向けておったではないか!?
「はっ……とんだ茶番ね。ずっと目指してきた憎き仇が、あたいたちのすぐ傍にいたなんて」
赤い髪を顎下で切りそろえた獣人娘が、憎しみに歪む顔でわらわを見る。
ああ……一緒に温泉でチチなし同盟を結んだ時は、あんなに固く手を握り合ったというのに……。
わらわは覚悟を決め、大きく息を吸い込んだ。
「さあ、勇者よ。どこからでもかかってくるがいい!」
勇者の目に、光るものがある。
「う、うぉおおおおおおおおおお……っ!!!!!」
勇者が腰から剣を抜く。暗い魔王城にいても尚、その輝きを失わない、勇者だけが持つことができる光の剣だ。
戦いの火ぶたが切って落とされた。
勇者は光の剣を、聖女は聖杖にて回復魔法と光魔法を、獣人娘はしなやかな肉体と俊敏さでナックルを、エルフ男は世界樹の弓を各々手にして戦う。
わらわは一人、闇の魔法を用いて、これまで共に旅をしてきた仲間
戦いは、三日三晩…………も、続かなかった。いくらわらわが魔族最強の魔力を備えているとはいえ、四対一は分が悪い。
特に、聖女の使う回復魔法は厄介で、わらわが強力な魔法を使って彼奴らの体力を削っても、すぐに回復されてしまう。
やがて勝敗は決まった。
体力も魔力も尽きたわらわは、地に伏して、死を覚悟した。
「くっ……殺すなら殺せっ!」
仰向けに倒れたわらわに向かって、勇者が光の剣を振りかざす。だが、その目に迷いが見えた。
「だが……っ」
「騙されんじゃねぇ、こいつはあたいたちのことをずっと騙していたんだっ」
泣きながら叫ぶ獣人娘の言葉に、勇者がぐっと歯を食いしばる。そして、迷いを断ち切るように光の剣を振り下ろした。
――――暗転。
勇者、聖女、獣人女、エルフ男……ああ、楽しかったなぁ……。
これが死ぬ前に見るという走馬灯だろうか。
何百年も続く魔族と人間の不毛な戦いを終結するべく、勇者パーティにもぐりこんだものの、すっかり彼らの空気に馴染んでしまった。そのせいか、わらわの腕は落ちてしまったようだ。……いや、迷いがあったのはわらわのほうか。
魔族と人間は、なぜ戦わねばならぬのか。みなが手を取り合い、笑える日がいつかくるといい。
それか願わくば、来世は魔王以外に生まれ変わりたい……――――。