目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話 魔王の娘

 わらわは生まれた時から魔王だった。


『魔王さま、にっくき人間どもを滅し、魔族だけの世界をつくりましょうぞ』


 屈強そうな魔族が、わらわに向かって頭を下げる。その顔には、大きな傷跡があり、人間につけられたものだという。


「そうか、人間とはそんなに悪い生き物なのか」


『もちろんです。先代の魔王さまも、勇者と名乗る者に打ち滅ぼされました。魔族一の魔力量を持って生まれたあなた様には、その復讐を成す義務がございます』


「人間を滅ぼすのは義務なのか。絶対なのか」


『さようでございます、魔王さま』


「一体だれがそのようなことを決めた」


『そ、それは……だれが決めたものでもありますまい。勇者は魔王を、魔王は勇者を倒すものです。それが何百年も前から連綿とつづいている条理でございますれば。この世に人間が存在する限り、勇者は魔王さまを倒すために現れます。しいていうならば……宿命でございます』


「宿命か……全く面倒なものを残してくれたものだ」


『……は? 今なんとおっしゃいましたかな?』


「いや、いい。それで、その勇者とやらはどこにいる?」


『勇者ですか? それはわかりませんが……聞いた話によりますと、勇者は〝はじめの森〟という場所で最初の試練をうけるのだとか……』


「ふむ。そこは、ここから遠いのか? どうやって行けばいい?」


『はぁ……遠いといえば遠いのですが……魔王さま、まさか今からそこへ行くつもりですか』


「ああ。さっさと行って、弱いうちに叩くのが早かろう」


『なんと卑劣な……! さすが魔王様! 転送石テレポート・ストーンを使えば、近くまでなら行けまする』


「では、そこへ案内せよ」



 ***



 はじまりの森で、低級魔族をかたっぱしから殺しまくっている男がいた。なまくらの剣を持っている。


「お前が勇者か?」


「なんだ、この小娘は? そうだ、俺様が勇者だ」


「なら、ここで死ね」


「なんだとっ……ぐはっ……!?」


 わらわの闇魔法に包まれて、勇者と名乗る男が消えていく。


「なんだ勇者というのは、こんなに弱いのか」


 これでわらわの役目は終わった――――と思いきや、勇者が〝東の洞窟〟に現れたという情報が入った。


 なにぃっ、勇者とは一人ではないのか?! 


 わらわは〝東の洞窟〟の近くまでテレポートした。勇者が光の剣を手に入れてしまえば、面倒なことになる。その前に何とか勇者を倒さなければ……わらわが殺されてしまう。


 しかし、慌てていた所為で、トラップにかかってしまい、閉じ込められてしまった。転送石テレポート・ストーンはダンジョン内で使えない。どうしよう……。


 腹もすいて動けなくなっていたところに、金髪碧眼の男が現れて、わらわを助けてくれた。


「魔法使いか……お前、名前はなんていうんだ?」


「わらわは、マオ……」


 う、しまった。つい〝魔王〟と言ってしまうところだった。


 だが、他の名で呼ばれたことはないし、何と答えよう。


「マオちゃん? かわいい名前ね。私は聖女よ。よろしくね」 


 聖女と名乗る女が、わらわへ手を差し出す。


 人間めっ、とその手に嚙みつこうとしたところで、魔物の唸り声が聞こえた。


 ぐるるる……


 ちがった、わらわの腹の虫だ。もう三日も何も口にしていない。


「腹がすいているのか。俺のパンをやろう。食うか?」


 目の前に差し出されたパンを目にし、わらわをそれにかぶりついた。


 むしゃむしゃ……うまい。魔王城で食べる腐った肉よりも断然うまい。


「お前、ひとりなら俺たちと一緒にくるか?」


「わらわは……ん? お主、その腰にある剣は……まさか……」


「ああ、これは光の剣だ。俺は、勇者だ。マオ、よろしくな」


 しまった。光の剣を手に入れてしまった後だったか。これでは勇者に手が出せない。


 ……仕方がない。しばらくは魔法使いとして一緒について行き、隙を見て勇者を殺せばいい。念のため変装をしておいてよかった。


 決して、食べ物につられたわけではないぞ、決して……。


 それから二人と旅をする中で、獣人娘とエルフ男が仲間になった。


 五人でいろいろな町へいき、ダンジョンを攻略し、寄り道しつつも魔王城を目指した。


 その間ずっと、わらわは勇者の隙を狙っていたが、心のどこかで疑問に思っていたことがある。


――果たして人間とは、本当に悪い生き物なのだろうか。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?