わらわは生まれた時から魔王だった。
『魔王さま、にっくき人間どもを滅し、魔族だけの世界をつくりましょうぞ』
屈強そうな魔族が、わらわに向かって頭を下げる。その顔には、大きな傷跡があり、人間につけられたものだという。
「そうか、人間とはそんなに悪い生き物なのか」
『もちろんです。先代の魔王さまも、勇者と名乗る者に打ち滅ぼされました。魔族一の魔力量を持って生まれたあなた様には、その復讐を成す義務がございます』
「人間を滅ぼすのは義務なのか。絶対なのか」
『さようでございます、魔王さま』
「一体だれがそのようなことを決めた」
『そ、それは……だれが決めたものでもありますまい。勇者は魔王を、魔王は勇者を倒すものです。それが何百年も前から連綿とつづいている条理でございますれば。この世に人間が存在する限り、勇者は魔王さまを倒すために現れます。しいていうならば……宿命でございます』
「宿命か……全く面倒なものを残してくれたものだ」
『……は? 今なんとおっしゃいましたかな?』
「いや、いい。それで、その勇者とやらはどこにいる?」
『勇者ですか? それはわかりませんが……聞いた話によりますと、勇者は〝はじめの森〟という場所で最初の試練をうけるのだとか……』
「ふむ。そこは、ここから遠いのか? どうやって行けばいい?」
『はぁ……遠いといえば遠いのですが……魔王さま、まさか今からそこへ行くつもりですか』
「ああ。さっさと行って、弱いうちに叩くのが早かろう」
『なんと卑劣な……! さすが魔王様!
「では、そこへ案内せよ」
***
はじまりの森で、低級魔族をかたっぱしから殺しまくっている男がいた。なまくらの剣を持っている。
「お前が勇者か?」
「なんだ、この小娘は? そうだ、俺様が勇者だ」
「なら、ここで死ね」
「なんだとっ……ぐはっ……!?」
わらわの闇魔法に包まれて、勇者と名乗る男が消えていく。
「なんだ勇者というのは、こんなに弱いのか」
これでわらわの役目は終わった――――と思いきや、勇者が〝東の洞窟〟に現れたという情報が入った。
なにぃっ、勇者とは一人ではないのか?!
わらわは〝東の洞窟〟の近くまでテレポートした。勇者が光の剣を手に入れてしまえば、面倒なことになる。その前に何とか勇者を倒さなければ……わらわが殺されてしまう。
しかし、慌てていた所為で、
腹もすいて動けなくなっていたところに、金髪碧眼の男が現れて、わらわを助けてくれた。
「魔法使いか……お前、名前はなんていうんだ?」
「わらわは、マオ……」
う、しまった。つい〝魔王〟と言ってしまうところだった。
だが、他の名で呼ばれたことはないし、何と答えよう。
「マオちゃん? かわいい名前ね。私は聖女よ。よろしくね」
聖女と名乗る女が、わらわへ手を差し出す。
人間めっ、とその手に嚙みつこうとしたところで、魔物の唸り声が聞こえた。
ぐるるる……
ちがった、わらわの腹の虫だ。もう三日も何も口にしていない。
「腹がすいているのか。俺のパンをやろう。食うか?」
目の前に差し出されたパンを目にし、わらわをそれにかぶりついた。
むしゃむしゃ……うまい。魔王城で食べる腐った肉よりも断然うまい。
「お前、ひとりなら俺たちと一緒にくるか?」
「わらわは……ん? お主、その腰にある剣は……まさか……」
「ああ、これは光の剣だ。俺は、勇者だ。マオ、よろしくな」
しまった。光の剣を手に入れてしまった後だったか。これでは勇者に手が出せない。
……仕方がない。しばらくは魔法使いとして一緒について行き、隙を見て勇者を殺せばいい。念のため変装をしておいてよかった。
決して、食べ物につられたわけではないぞ、決して……。
それから二人と旅をする中で、獣人娘とエルフ男が仲間になった。
五人でいろいろな町へいき、ダンジョンを攻略し、寄り道しつつも魔王城を目指した。
その間ずっと、わらわは勇者の隙を狙っていたが、心のどこかで疑問に思っていたことがある。
――果たして人間とは、本当に悪い生き物なのだろうか。