翌朝。
俺が朝食の準備をしていると、いつも時間ぴったりに降りてくるレクスが、今日は早く顔を出した。
「おはよう」
幸先がいいなと思って、俺は笑顔で振り返った。
するとレクスが腕を組んで、俺の頭から爪先までを、値踏みするように見た。なんだろう、この視線……。ちょっと冷や汗を掻きそうになった時、レクスがふんわりと笑った。さすがはモデルだ、花が舞うようだった。
「兄上、おはよう。今日は忙しいか?」
「うん? いつも通り――」
グラパラにログインするだけだけど。
「――VRで仕事をするけど?」
生産のデザインをしたのは最終的にデザイナー品として売るから嘘ではない。
俺は笑顔が強ばりそうだったが、必死で耐えた。
「そうか。少し時間を作ってもらえないか?」
「うん、いいよ。どうかしたのか?」
「実は、モデルが一人欠けてな」
「う、うん?」
「――『休日の兄弟特集。こんな弟がいたら?』という若い女性向けの雑誌のモデルの仕事だったんだが、兄役が不祥事を起こして外された」
「大変だな」
「兄上は俺の実の兄上だ。特集の内容がより本物に近づくとは思わないか?」
「え?」
俺は何を言われているのか分からなかった。
「兄上、モデルの代役を頼みたい」
「は?」
「お願いだ、兄上。俺と兄弟として写真を撮るのは嫌か?」
レクスが顔を曇らせた。目が潤んでいる。俺は焦った。
「そ、そんなことない! 俺はレクスを大切な異母弟だと思ってて――」
「では決まりだな」
レクスが勝ち誇ったように笑った。先ほどまでの泣きそうな顔は、影も形もない。
「食べ終えたら、VRスタジオで撮る。スタジオの接続コードは兄上のVRチェアに既に送っておいた」
「……」
「今日は鮭か。実に美味しそうだ」
俺は上手く理解出来ないままで、その後朝食を作り終えた。レクスは上機嫌だ。
それは嬉しいが――……モデル? 俺は不安になってきた。
食後。
俺はVRチェアに座り、コードを入力して、出現した新しいロゴを見る。それを選択してログインし、VRスタジオに入った。するとレクスがいた。周囲には、アバターが大量に浮かんでいる。
「どれか希望の衣装はあるか?」
「え……」
俺はアバターを見上げてオロオロとした。
「これなんてどうだ?」
レクスがアバターに手を伸ばすと、それが引き寄せられるようになり、レクスの手に収まった。洒落たデザインだ。
「これを、とりあえず」
「あ、ああ」
頷くとレクスがそれを俺に放った。俺がそれに触れると、アバターがそれに変化する。
「いいな。兄上に不満がなければ、それでいこう」
「う、うん」
その後レクスが自分のアバターを変化させた。
それから、その場にマンションのきっちんの風景をそのまま再現した。先ほどまで俺が料理していた場所だ。
「休日に俺達はパンケーキを仲良く作った設定で行く」
「わ、わかった!」
するとパンケーキも現れた。
「俺は椅子に座るから、兄上は後ろから覗き込む感じで頼む」
言われたとおりにする。
正面にはカメラと鏡がある。
「……兄上、目線はとりあえずカメラの方へ頼む。覗き込むのは体勢だけでいい」
「わ、悪い」
「いや、それと」
「うん」
「もっとこう獲物を捕りに行く肉食獣的な顔で頼む」
「は?」
「ゼクス兄上は、黙っていれば男前だと評していい。黙っていれば、だが」
「……?」
「ようするに、俺様風の顔をしている」
「俺様……?」
「そうだ。俺はどちらかと言えば中性的を脱出しそうなところだろう」
「そうなのか?」
「方向性としてはな。だから『可愛い弟』と『格好いい兄』という雰囲気で撮りたい」
レクスはその後も、俺に指示を出した。
「次はもっと気怠そうな顔で、口元だけ笑うように」
「はい!」
「OK。次は、ニヤリと笑ってくれ」
「はい!」
「よし。次は、目線を下げて少し寂しそうに」
「わかった!」
「――完了だ。兄上は、指示をすればきちんと表情を作れるんだな。いいことだ」
「……おわ、おわり……終わった。疲れた……」
「俺は撮影した者を編集部に送信してくる。ありがとう、兄上」
レクスが微笑した。それだけで俺は報われた気分になった。
その後俺は、グラパラにログインした。そしてルシフェリアに頼まれたデザインをし、ルシフェリアに送っておいた。遠隔でも品物を送ることが出来る機能が存在する。鞄機能や倉庫機能、宅配便機能などがある。
すぐにデザインのイメージがわいてしまったため、暇になった。
「なにしようかなぁ……」
暇だからゲームをしているというのに、ゲーム内でも暇……最悪である。
「って、違う……! 今は仕事をしているフリ中だけど、俺はなるべくログアウトして過ごして、レクスのお手本にならないと!」
ぶるぶると俺は頭を振って、ログアウトを選ぼうとした――……の、だが。
「お、お知らせを見てから……」
つい止まった。
そしてお知らせを選択する。
●7/17:新大陸実装予定
▼それに合わせて重大発表!?
という二つが大きなお知らせで、あとはバグの修正報告などがなされていた。
他にもオープン掲示板やオープンチャットがあるのだが、俺はあまりそう言うのは見ない。攻略は自分でするのが好きだからだ。雑談にも興味が無い。
そして結局またやることがなくなったので、俺は頑張って自分を叱咤してログアウトした。それから洗濯物を業者さんに依頼する。これもボックスに入れておいてVR装置経由で手配するだけだ。
「日光、か……」
考えてみると俺はもう暫くの間外へと出ていない。
行くところもないし。遊ぶ相手もいないし。
「俺って本当ぼっちだよな……」
呟いてから、俺はVRチェアを降りた。