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第3話 『休日の兄弟特集。こんな弟がいたら?』だと……?


 翌朝。

 俺が朝食の準備をしていると、いつも時間ぴったりに降りてくるレクスが、今日は早く顔を出した。


「おはよう」


 幸先がいいなと思って、俺は笑顔で振り返った。

 するとレクスが腕を組んで、俺の頭から爪先までを、値踏みするように見た。なんだろう、この視線……。ちょっと冷や汗を掻きそうになった時、レクスがふんわりと笑った。さすがはモデルだ、花が舞うようだった。


「兄上、おはよう。今日は忙しいか?」

「うん? いつも通り――」


 グラパラにログインするだけだけど。


「――VRで仕事をするけど?」


 生産のデザインをしたのは最終的にデザイナー品として売るから嘘ではない。

 俺は笑顔が強ばりそうだったが、必死で耐えた。


「そうか。少し時間を作ってもらえないか?」

「うん、いいよ。どうかしたのか?」

「実は、モデルが一人欠けてな」

「う、うん?」

「――『休日の兄弟特集。こんな弟がいたら?』という若い女性向けの雑誌のモデルの仕事だったんだが、兄役が不祥事を起こして外された」

「大変だな」

「兄上は俺の実の兄上だ。特集の内容がより本物に近づくとは思わないか?」

「え?」


 俺は何を言われているのか分からなかった。


「兄上、モデルの代役を頼みたい」

「は?」

「お願いだ、兄上。俺と兄弟として写真を撮るのは嫌か?」


 レクスが顔を曇らせた。目が潤んでいる。俺は焦った。


「そ、そんなことない! 俺はレクスを大切な異母弟だと思ってて――」

「では決まりだな」


 レクスが勝ち誇ったように笑った。先ほどまでの泣きそうな顔は、影も形もない。


「食べ終えたら、VRスタジオで撮る。スタジオの接続コードは兄上のVRチェアに既に送っておいた」

「……」

「今日は鮭か。実に美味しそうだ」


 俺は上手く理解出来ないままで、その後朝食を作り終えた。レクスは上機嫌だ。

 それは嬉しいが――……モデル? 俺は不安になってきた。




 食後。

 俺はVRチェアに座り、コードを入力して、出現した新しいロゴを見る。それを選択してログインし、VRスタジオに入った。するとレクスがいた。周囲には、アバターが大量に浮かんでいる。


「どれか希望の衣装はあるか?」

「え……」


 俺はアバターを見上げてオロオロとした。


「これなんてどうだ?」


 レクスがアバターに手を伸ばすと、それが引き寄せられるようになり、レクスの手に収まった。洒落たデザインだ。


「これを、とりあえず」

「あ、ああ」


 頷くとレクスがそれを俺に放った。俺がそれに触れると、アバターがそれに変化する。


「いいな。兄上に不満がなければ、それでいこう」

「う、うん」


 その後レクスが自分のアバターを変化させた。

 それから、その場にマンションのきっちんの風景をそのまま再現した。先ほどまで俺が料理していた場所だ。


「休日に俺達はパンケーキを仲良く作った設定で行く」

「わ、わかった!」


 するとパンケーキも現れた。


「俺は椅子に座るから、兄上は後ろから覗き込む感じで頼む」


 言われたとおりにする。

 正面にはカメラと鏡がある。


「……兄上、目線はとりあえずカメラの方へ頼む。覗き込むのは体勢だけでいい」

「わ、悪い」

「いや、それと」

「うん」

「もっとこう獲物を捕りに行く肉食獣的な顔で頼む」

「は?」

「ゼクス兄上は、黙っていれば男前だと評していい。黙っていれば、だが」

「……?」

「ようするに、俺様風の顔をしている」

「俺様……?」

「そうだ。俺はどちらかと言えば中性的を脱出しそうなところだろう」

「そうなのか?」

「方向性としてはな。だから『可愛い弟』と『格好いい兄』という雰囲気で撮りたい」


 レクスはその後も、俺に指示を出した。


「次はもっと気怠そうな顔で、口元だけ笑うように」

「はい!」

「OK。次は、ニヤリと笑ってくれ」

「はい!」

「よし。次は、目線を下げて少し寂しそうに」

「わかった!」

「――完了だ。兄上は、指示をすればきちんと表情を作れるんだな。いいことだ」

「……おわ、おわり……終わった。疲れた……」

「俺は撮影した者を編集部に送信してくる。ありがとう、兄上」


 レクスが微笑した。それだけで俺は報われた気分になった。




 その後俺は、グラパラにログインした。そしてルシフェリアに頼まれたデザインをし、ルシフェリアに送っておいた。遠隔でも品物を送ることが出来る機能が存在する。鞄機能や倉庫機能、宅配便機能などがある。


 すぐにデザインのイメージがわいてしまったため、暇になった。


「なにしようかなぁ……」


 暇だからゲームをしているというのに、ゲーム内でも暇……最悪である。


「って、違う……! 今は仕事をしているフリ中だけど、俺はなるべくログアウトして過ごして、レクスのお手本にならないと!」


 ぶるぶると俺は頭を振って、ログアウトを選ぼうとした――……の、だが。


「お、お知らせを見てから……」


 つい止まった。

 そしてお知らせを選択する。


●7/17:新大陸実装予定

▼それに合わせて重大発表!?


 という二つが大きなお知らせで、あとはバグの修正報告などがなされていた。

 他にもオープン掲示板やオープンチャットがあるのだが、俺はあまりそう言うのは見ない。攻略は自分でするのが好きだからだ。雑談にも興味が無い。


 そして結局またやることがなくなったので、俺は頑張って自分を叱咤してログアウトした。それから洗濯物を業者さんに依頼する。これもボックスに入れておいてVR装置経由で手配するだけだ。


「日光、か……」


 考えてみると俺はもう暫くの間外へと出ていない。

 行くところもないし。遊ぶ相手もいないし。


「俺って本当ぼっちだよな……」


 呟いてから、俺はVRチェアを降りた。





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