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第4話 ライトユーザーです(必死)。


 ――七月十七日が訪れた。

 大陸追加があるので、本日はメンテナンスが行われる。俺はちょっとそわそわしながら、ダイニングキッチンで麦茶を飲んでいた。するとレクスが降りてきた。マンションだが、螺旋階段で上の階と繋がっている。二階分ある。一階が生活スペースで、二階が俺達それぞれの部屋とVR関連の部屋だ。


「兄上、今日から俺は本格的に忙しくなる」

「バイトが入ったのか? 学校のテストか?」

「グラパラの問題だ」

「お前それ新大陸追加だからだろ!? ダメだからな、リアルを優先しないと!」


 思わず俺が叫ぶように言うと、レクスが驚いた顔をした。


「どうして新大陸が追加されると知っているんだ?」

「うっ」


 俺は思わず片手で口を押さえた。


「その……」

「ああ」

「だから……」

「もしかして俺がやっているから、始めたのか?」

「えっ、あ、そ、そういうわけではないんだけど、ちょっと、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ俺もやってるんだ」

「そうか。俺がやっているからでなくてよかった。俺は兄上を支援する時間はないからな」


 レクスが一人で頷いている。

 俺は誤魔化せたと思って、ほっと息を吐く。


 レクスが自分の分の麦茶を用意して座った。そして俺を真っ直ぐに見た。


「いつからやってるんだ?」

「……、……わ、忘れた!」

「そうか。職は?」

「え、えっと」


 俺は全職をやっている。だが普通は二つくらいだ。


「……仕事関連のデ、デザインの都合として、やはり露店スキルやデザインスキルが職業として存在する錬金術師はやっておくと便利だと思って……」

「なるほど。ん? 兄上の個人ブランドは、グラパラにも参入しているのか? アンチノワールだよな? ブランド名」

「……え、えっと」

「アンチノワールが参入していたら、話題にならないわけがない。ブランド名を変えているのか? どうして?」

「あ、っと……え……いや……な、なんとなく」


 完全に俺はしどろもどろになった。


「兄上のデザインセンスは卓越しているからな。東京VRシティに出しているVRショップの品は、即座に現実ブランドで父上が出すほどだからな」


 東京VRシティというのは、日本最大の仮想現実商店街である。

 VR内部デザインアイテムは、複製できる品と、限定制限で一つしか存在しない品を生み出すことが出来る。俺の個人店……アンチノワールの場合は、大体ロックをかけて一つだけ売っている。父上は、色々な会社の代表をしているので、その内の一つと俺の個人店舗は契約していて、父上の会社が俺のデザインした服を売っているのは事実だ。


「ふぅん。もったいない。商機だと思うが」


 レクスは経営学が専門だ。なにやら算段している顔つきになったので、俺は顔を背けた。


「話を戻すが、フレンドは何人くらいいる?」

「えっ」


 九人である。ぼっちに等しいのがバレる。二百人まで登録可能だというのに……。

 だが嘘をつくのも悪い気がして、俺は正直に答えた。


「九人です……」

「そうか。はじめたばかりなのか? デザインのために。ライトユーザーだな」

「! そ、そんな感じ!」


 ライトユーザーと判定されて、俺は心底安堵した。


「兄上こそ沼らないように気をつけるといい」

「……そ、そうだな」


 もうどぶどぶに浸かっているが、口が裂けても言えない。


「しかし兄上と共通の話題が出来て、俺は嬉しい」

「俺もそれは嬉しい」

「兄上は憧れのプレイヤーはいるか?」

「憧れ?」

「――グラパラには、何名か、『伝説』と呼ばれるプレイヤーがいるだろう?」


 それを聞いて、俺は麦茶の中の氷を見た。

 俺のフレの一人に、ハルベルトという配信者がいて、サイトも運営しているのだが、そこに色々書いてあるのだが、伝説というのは、そこから広まっている言葉だ。主に、いずれかの大陸を最初に攻略したプレイヤーなどが伝説と呼ばれている。


「レクスにはいるのか?」

「ああ。俺はルシフェリアを尊敬している」


 俺は飲もうとしていた麦茶を吹き出しそうになった。


「ルシフェリアはすごい……」


 レクスの瞳が恍惚としたものに変化した。


「最初の大陸であるヨゼフ大陸を攻略したのがまず偉業だ。当時入っていたというゼスペリアの教会という伝説のギルドでもサブマスをしていたとハルベルトのブログにあった。今もガチ勢のみで構成された大規模ギルド・クロムレッドのギルマスをしているし……各職のスキルツリーもオープン掲示板で本人が公開していたスクリーンショットを見た限り凄すぎた。なによりグラパラ内に数人しかいないLv.999で、比較的新しい職の死霊術士のスキルを全て公開してくれて……メインは暗殺者だとは掲示板で見たが……なにより、アイリス大陸南東のハデス・ダンジョンのボスをソロで倒せて、その速度は、ハルベルトの動画だと二十秒……ほとんどがモーションの時間だ……強い。カッコイイ。それに、生産までしていて、なんとあの幻の桃花源のメンバーの一人だという。これは未確認情報だが。ただ、桃花源の露店にたまに銘・クロムレッドが並ぶから間違いないだろう」


 つらつらとレクスが語っている。俺は言葉を失い青ざめた。


「最強のガチ勢の一人だ。トッププレイヤーといっても過言ではない」

「……そ、そうだな」

「兄上も、自分でサイトや動画を見るなどして、知識を蓄えた方が、よりグラパラを楽しめるぞ」

「そ、そうだな!」

「おすすめはハルベルトのサイト、ゼストのサイト、ラフ牧師のサイトだ」

「お、おう……」


 俺の数少ないフレの名前が、ここまでに四人も出てしまった。だが俺は言いたい。本当のガチ勢はゲームに忙しいからサイトを運営したり配信したりしない。ゼストは転職してからサイトを始めたのだが、やはりログイン頻度が減った。ハルベルトとラフ牧師は俺から見るとガチ勢ではない。エンジョイ勢だ。


「あ、そろそろメンテナンスが終わる時間だ。兄上、繰り返すが邪魔をしないでくれ。特に今日は」

「う、うん……そ、そうだな。今日くらいは、夕食は別でもいいよ。明日からはまた一緒に――」

「明日からも別でいいんだが」

「それはダメだ」


 と、そんなやりとりをし、俺はレクスが階段を上がっていくのを見送った。

 そして漠然と考えた。やっぱり俺のレベルなどを話したら、廃人認定される。絶対言わないでおこう……。


「だけど新大陸は気になるな。俺もログインするか」


 こうして俺もまた椅子から立ち上がった。






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