ログインして、新大陸へ転送鏡で移動する。混雑していた。それもそうか。
ちなみに俺のアバターは黒猫である。顔が黒猫で二足歩行、手と足は肉球だ。
たまに青空村などではリアル共有アバターでいることもあるが、大体の場合、俺は黒猫アバターか、福の神アバターを使っている。
「あ」
紫座布団というアイテムで空中浮遊しながら移動していたら、ベンチに座っている見知った顔を見つけた。あちらもほぼ同時に俺を見た。英刻院閣下である。
なおラフ牧師や英刻院閣下というのは、牧師や閣下部分までがHNだ。
「久しいな、ゼクス」
「うん。お久しぶりです」
英刻院閣下もまた、猫アバターの使い手だ。あちらは黄色い色で縞模様が入っているが。
「攻略に来たのか?」
「いやぁ……ちょっと見に来ただけで、今回は攻略はしない予定だ」
「そうか、競争したかったのに」
「いやいやいや」
英刻院閣下は完全なるガチ勢でソロだ。俺もほぼソロだ。同じ猫でソロ、かつメインにしている職が暗殺者なので、俺達はたびたび競争したり、二人でパーティを組んで戦闘をして、いかに早く倒せるか試したりしている。ルシフェリアの次に古い、即ち外部無関係のフレが英刻院閣下だ。俺の初フレだ。
「ところで重大発表とやらもあるらしいが、ゼクスは何か聞いたか?」
「いやまだ全然。今ログインしたとこだからな、俺」
「お使い以外を希望する」
お使いというのは、NPCとNPCの間を往復して伝言を持っていったり、長期にわたる素材収集がダンジョンに入る条件だったりすることを指す。俺は苦笑した。
「そうだな……」
「できれば難易度が高い強いボスを倒すクエストがいいが、新大陸追加をきっかけに新規ユーザーを獲得するのが狙いだろうから、新規に倒せないボスが実装されるとも思えなくて、期待したいが、したら落ち込みそうな気分だ」
「それはわかる」
頷きながら、俺は英刻院閣下の隣に座った。
「あ、お前らも来てたか」
そこへ声がかかった。見れば臙脂色の和装に袈裟姿のラフ牧師が立っていた。
ラフ牧師は、普段はヨゼフ大陸の俗に言う初心者タウンで、初心者支援ギルドを運営しているギルマスだ。英刻院閣下もガチ勢ソロギルドのギルマスだ。
「ああ、ラフ牧師。様子見か? 俺とゼクスは様子見だ」
「うんうん、俺も様子見。難易度とか気になるなぁ」
ラフ牧師は俺達の前に立つと腕を組んだ。
その時夜空にカウントダウン用の文字盤が出現し、音声が流れ始めた。
『十』
『九』
『八』
『七』
『六』
『五』
『四』
『三』
『二』
『一』
ゼロ、秒針が十二を指した時、空に、『重大発表』という文字が、オーロラのように浮かび上がった。
『グランギョニル・パラダイスが実写化決定!』
……すごくどうでもいいニュースだった。
「解散だな。お疲れ」
ラフ牧師が苦笑している。英刻院閣下はぐったりしている。俺はどんよりした。
なんだかんだで期待していたからだ。
「とりあえず今日はログアウトする」
俺はそう宣言して、ログアウトした。
だが攻略組は沸いているのは間違いないので、レクスのことは、今夜は待たなかった。
――翌日、夜。
「……」
レクスが降りてこない。俺は目を据わらせた。部屋に呼びに行けばいいのかも知れないが、俺は強制シャットダウンされるとイライラするのがすごくわかるのでそれはしない。
なんとこの日レクスが顔を出したのは、午前三時だった。
俺は麻婆豆腐を温め直しながら、溜息をつく。
「せめて日付が変わる前に、なんとかならないのか?」
「待ってなくていい」
「だけど――」
「俺のギルドは、攻略に臨むことにしたんだ」
どこか疲れた声だが決意が滲むレクスの言葉に、俺は器を差し出しながら目を向ける。
「そうか。それは、その……」
なお俺は、ゼスペリアの教会というギルドのギルマス時に、ヨゼフ大陸とアイリス大陸を最初にギルメンと攻略し、アイゼンバルト大陸はルシフェリアとゼストのそれぞれのギルドが合同で倒したのだがそこに呼ばれて英刻院閣下とパーティーで参加した。ユレイズ大陸のみ、他の人が攻略した後、英刻院閣下とラフ牧師とゆっくりと回って、何度も同じダンジョンボスを倒して遊んだりしながら攻略した。だから落ち着いたら新大陸も攻略の旅に出たいが、それは今じゃない。でも、攻略の大変さは誰よりも知っているかもしれないな……。
「頑張れよ」
「ありがとう、兄上」
「装備とかはあるのか?」
「それが一つの問題だ。元々俺のギルドはユレイズを拠点にしていたんだが、ユレイズ自体が、生産武器があまり出回っていない。ヨゼフやアイリスには鴉羽武器がまだ残存していたり、アイゼンバルトにはルシフェリアがクロムレッド武器を時々露店販売してくれるが……ユレイズには武器生産者があまりいなかった。遠征してごく一部の者が銘・クロムレッドの武器を手に入れただけの状態だ、うちのギルドは」
はぁっと溜息をつきながら、レクスがレンゲを手に取った。
……鴉羽武器……銘・鴉羽の武器は、俺が作ったものだから、俺の倉庫には大量にあるんだけどな。ただ俺は、ゲームでも普段はヒキコモリに近くて、露店もルシフェリア任せだ。
「食料とか回復アイテムはあるのか?」
「料理スキルは比較的難易度が低いから、ギルメンでレベルを上げている者がいて、俺も上げている。おにぎり程度なら作れる。こだわらなければ、回復は出来る」
「そうか。職バランスはどうなんだ?」
「――兄上、以外と詳しいな? 俺の所は死霊術士が多いから、中衛がほとんどだが、召喚した死霊を前衛役にして、進むことが可能だ。蘇生スキルもあるから、スキルでの回復も出来る。ただ本音を言えば、前衛と回復職は、ギルド内で足りないとは思う」
「い、い、いや……そ、そ、想像しただけで、ちーっとも詳しくない!」
「そうか」
レクスは追求してこなかった。俺は安堵した。
その後はレクスは何か考えごとをしている様子で、黙々と食べていた。
「ごちそうさま、美味しかった」
「うん。あんまり根を詰めるなよ」
「ああ、おやすみ」
こうして俺はレクスを見送った。