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第6話 おにぎりは作れるか。


 翌日、ログインして俺は、『仕事』をすることにした。生産で創り出したアイテムの見た目をデザインし、公式ショップに登録するという仕事だ。デザインして、加工するところまでが俺の役割ともいえる。生産スキルを実際に上げていないと、ただの見た目だけの品になるのだが、俺の場合、生産カンストで生み出した武器をお洒落にしたりできる。


 ゲーム内だけで売って、売り上げを換金する時は、ルシフェリアと一緒の桃花源、たまに自分の鴉羽商會という露店名で行う。そして現実で作ってゲームに登録する時は、それをやる場合は個人ブランドのアンチノワールでやるとは思う。


 だが、今現在は、生産でうみ出し内部でデザイン加工して登録するものは、エクエス・デザイアというブランド名で出している。ただ価格は高い。売れなくてもいいや精神だというのもあるが、性能とデザインから運営が公式に価格を提案してくるので、ほぼそれをそのまま採用しているかたちだ――し、その額でも売れる。


 俺の作った武器一つが、現実の円で三十万円くらいが平均なのだが、いつも限定個数で作るのにすぐに完売する。ありがたいことである。


 ただ新大陸が公開されてから、その完売するまでの時間が、数秒になった。

 販売告知をすると、販売開始した直後にSOLD-OUTする。


「俺がクロムレッドの供給をしていないのと、鴉羽武器はハードルが高すぎて今ではほぼ持ち主がいないこともあって、その二つと同じ性能だと気づいている者達が、攻略のために買い占めているんだろうな」


 ルシフェリアがそう言って楽しそうに笑った。青空村の小屋で、俺は仕事をしながら頷く。仕事は視線操作で、白いキャンバスを呼び出してデザイン画を描くことから俺は始めている。


「レクスも攻略するって言っていたんだ」

「支援はしてやらないのか?」

「……っ、したい。したいんだよ。でもそうすると俺がひき廃だってバレる」

「尊敬されるんじゃないか?」

「そんなこと、ある? そんな奇跡が……あるか? ないって……」


 俺の声が沈んだ。ルシフェリアが苦笑する。


「ルシフェリアは今回は攻略しないのか?」

「ギルメンの半数は既に攻略の旅に出ている。時には俺も加勢するかもしれないが、ギルドとしては行わない。各自とした」

「ふぅん」


 ルシフェリアは落ち着いている。そこでふと思い出した。


「レクスがルシフェリアのファンらしいんだ」

「そうか。光栄だな」

「俺もレクスに好かれたい……」

「嫌われているわけではないのだろう?」

「率直に言って鬱陶しがられてるな……」

「まぁ俺もゲーム中に邪魔をする奴は鬱陶しいと思う方だが」

「俺だってそうだけど、それとこれとは話が別なんだ! 俺はレクスに青春を楽しんで欲しいんだ。十七歳の夏は一回しかないんだからな!」

「ゼクスは十七歳の夏、俺と共にアイリスを攻略していたが……生き生きとしながら。すごくいい笑顔で」

「うっ」


 俺は言葉に窮した。それは間違いない。


「ところでゼクス」

「ん? もうこれ以上俺を苛めるなよ? なに?」

「リリーハピネス――LHという雑誌を知っているか?」

「初めて聞いたけど。どんな雑誌?」


 最近の雑誌は、紙ではなく電子書籍だ。たまに紙の雑誌がある。


「若年層、中高生向けの女性向け雑誌だ」

「俺がそんな女の子の雑誌をどうして知ってると思うんだよ」

「ああ、いや――ゼクスらしき写真が載っていたんだ」

「へ? というかルシフェリアはなんでそれを読んだんだ?」

「ああ、VRニュースに出ていたんだ。即日完売増刷決定と。近年の紙の雑誌では快挙だと噂になっているぞ」

「俺、ニュース見る時間があったらゲームしてるし」

「それは知っているが、自分自身に関係していたら見るかと思ったんだが」

「心当たりがない」

「そうか。他人のそら似かもしれないな」


 そんな雑談をして、ルシフェリアは帰っていった。


 その後一仕事終えてログアウトし、夕食を作るべく階下に降りると、なんとも珍しいことにレクスが座っていた。


「兄上!」

「どうかしたのか?」

「さすがは兄上だ。俺の目に狂いは無かった」

「?」

「この前モデルをお願いした雑誌だが、無事に完売した。増刷も決定した」


 俺は虚を突かれた。ルシフェリアの言葉も甦った。


「兄上人気がすごい。『この兄役は誰だ?』と騒ぎが起きている。また頼む」

「嫌だからな?」

「頼む」

「嫌だ」

「お願いだ……」

「だから嫌だって」

「兄上は俺と一緒に写るのが嫌なのか?」

「うっ……そ、そういうことじゃなくて……」

「兄上……」

「わ、わかったから!」

「ああ、頼んだぞ」


 悲しそうな声から一転して誇らしげになったレクスの声。

 俺は肩を落とした。


「あ、それと兄上」

「なんだ?」

「――やはり、おにぎりをはじめとした回復アイテムが足りないかもしれないんだ……戦いながらの生産が大変で……素材集めも……」

「うんうん」


 気持ちはよく分かる。生産とは苦難の連続だ。


「兄上は生産をしていると話していたが、料理の方面は出来ないか?」

「う、え? え?」

「仕事でデザインだけしかやっていないか? それともグラパラ自体ももうやめたか?」

「いや、その……グラパラで料理も……ちょ、ちょっとは……」

「ちょっとって具体的にはどのくらいだ?」


 レクスが俺を見上げている。

 そんなものカンストレベルに決まっているのだが、言ったら絶対ひかれる。


「……」

「おにぎりは作れるか?」

「……」

「おにぎりはLv.10だ。そこまでなら比較的すぐに生産レベルがあがる。支援するから、おにぎりを作ってくれないか?」

「いや……あー……その……おにぎりは作れるぞ?」

「なに? 本当か!? 今日とは言わないが近々頼むかもしれない。だから、フレ登録してもらえないか?」 


 レクスの切実そうな声に、俺は動揺しながら、コクコクと頷いた。断ったら、それはそれでおかしいだろうからな!


「わ、わかった」

「ありがとう、では夕食の後、一緒にログインしよう」

「ああ」


 頷き、俺はその後、ボンゴレを作った。我ながら上出来だったが、緊張で味があんまり分からないようにも思った。


 こうして俺は、レクスとグランギョニル・パラダイス内で初めて顔を合わせることになったのである。迷いあぐね居た末、俺は福の神アバターで行くことにした。




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