待ち合わせは、新大陸セントラルの最初の街、転送鏡で現在移動出来る新大陸の唯一の場所である噴水街の南の時計塔の下のベンチと決まった。俺は課金アバターの三段腹の福の神姿で、混雑している人々の合間を抜ける。誰でも買えるアバターなので、この姿なら装備も今は鞄機能でしまってあるし、俺の廃人度は分からないと信じたい。
しばらく進んで待ち合わせの場所に行くと。
レクスがいた。チョコレート色の髪は現実と同じだが、目の色が紅色だ。
そしてアバターは……なんと課金品の俺のブランド、エクエス・デザイアのものだった。吸血鬼シリーズというアバターセットで、死霊術士用である。手袋だけだが。服や靴、武器の杖は露店で売っている生産品だ。ただ中々高レベルのものである。レクスは攻略すると言うだけあって、レベルが高いのかもしれない。
「レクス」
「!? え。あ、えっ? 兄上? 福の神アバター?」
「うん」
俺の姿に、レクスが唖然とした。俺のアバターの顔はデフォルトが笑顔で目が細い。
手には打ち出の小槌を持っている。
「なんで福の神アバターにしたんだ?」
「人が良さそうだし、友達が出来るかと思ってな」
「それで九人出来たのか?」
「あっ……ま、まぁそうかもな」
俺は曖昧に濁した。
「レクスはどういう基準でアバターを? そ、その手袋とか!」
「ああ、エクエス・デザイアを持っているだけで、みんなにそう言われる。可能なら、全身と武器の全てをエクエス・デザイアの課金品にしたい。性能がクロムレッドや――鴉羽の武器と同じだという噂まであるからな。でもいつも即完売だ。はぁ……俺はエクエス・デザイアのデザインも性能も大好きなんだ……はぁ……」
レクスが手袋を見て、切ない顔をした。俺が作った品なので、俺は予備を持っている。
全然プレゼントしたい。
俺のブランドだと露見するだけなら、廃人とはバレないか? でも性能……どうしよう……性能の理由……高性能武器は、生産レベルが高くないと作ることが出来ないのだから、俺が生産高レベルだと露見する。デザインをしているだけならともかく、本格的に生産しているなんて知られたら、そもそも生産なんてガチ勢に片足突っ込んだ勢力だとかからしか開始しないから、色々とボロが出そうで怖い。
「あとはこのイヤリング、銘・クロムレッドの死霊術士用結界アイテムなんだが、これだけが俺の持つクロムレッド武器だ」
「そうか……」
「ルシフェリアもこれを使っていると、オープン掲示板で読んだ」
「そ、そうか……」
「鴉羽武器が欲しいとまでは言わないが、せめてクロムレッド武器が欲しい……」
レクスが自嘲気味に呟いた。クロムレッドの銘のものは、ルシフェリアがぽいぽいとくれるので倉庫にたくさんある。そもそも上の扱いになっているが、鴉羽武器は俺が自作しているのだから、飽和状態だ。だが、俺がそれを支援したら、何で俺は持っているんだという話になってしまうだろう……。
「兄上は今は武器などを装備していない様子だが、どんなものを使っているんだ?」
レクスが気を取り直したように、微苦笑して俺を見た。
「もしまだゲームデフォルトの初心者装備なら、俺が支援するが」
良い子すぎる、レクス……。
これを聞いた瞬間、俺の心の中の天秤が傾いた。
「レ、レクス! お、俺! レクスに……えっと……」
しかし言い方が思いつかない。
「……」
「兄上?」
「……あ……あのな、エクエス・デザイアってあるだろ?」
「ん? だからこの手袋がそうだと告げたつもりだが?」
レクスが怪訝そうな顔をした。
「俺のデザインブランド名なんだ」
「――へ?」
「エクエス・デザイアの商品は、俺が作ってるんだ」
「は? それは、本気で言ってるのか? 事実か?」
「うん!」
「信じられない。証明してくれ、事実なら」
「ど、どうすればいい?」
「……そうだな……死霊術士用のエクエス・デザイアのアバター一式をトレード画面で見せてくれたら信じる。勿論トレードは不要だ。トレード画面で本物か見るだけでいい。デザイナーは予備データを持っていると聞いたことがある」
「いいぞ! それなら出来る! ちょっと倉庫機能で取り出してアバター用意するから待っていてくれ」
俺は大きく何度も頷いてから、街倉庫と呼ばれる、誰でもアクセス可能な倉庫へと向かった。これは個人倉庫にも通じている。レクスもついてきた。
「準備が出来た。レクス、いつでもいいぞ」
「ああ。その前にフレ登録を」
「あ、うん」
俺は先にフレンド登録した。十人目の欄に、レクスと表示された。本名でプレイしているらしい。俺もそうだけど。
「よし、トレードを送る」
「ああ」
レクスが頷いたので、俺はトレード申請した。するとすぐに許可されたので、トレード画面に表示されるように、アバターリストを並べた。
「っ……これ……これはっ! 吸血鬼シリーズだ! 一式ある! 兄上すごい!」
レクスが叫んだ。
俺は、ええい勢いだと、そのままトレード許可を選択した。するとレクスが目を見開き固まった。そしてちらっと俺を見て迷うような目をした。俺は苦笑しつつ頷く。するとレクスがトレードを完了した。
「わ、わぁあああ! 本物だ……兄上、兄上はすごいな……わぁ……もらっていいのか?」
「もちろん!」
俺の言葉にレクスがコクコクと頷いた。
そして、そのまま目の前でレクスがアバターを一式チェンジした。
……凄く似合っている。
該当なんかが本当に吸血鬼っぽくて俺も気に入ってはいたのだが、レクスはとても似合う。
「……これ、聞いていいか? 本当に、クロムレッドや鴉羽と同じ性能なのか?」
「……いや、聞いちゃだめだ」
「……そ、そうか」
俺達は小声でやりとりをした。レクスは自分の服を確認するのに必死そうで、追求してこなかった。
「と、とりあえず! 今日はもう夜だし、ログアウトしよう!」
「――俺はギルメンに見せてくる。兄上、おやすみ」
「あ、えっと……なぁ? レクス、あのさ、夕ご飯だけでもきちんと食べに来てくれないか?」
俺が告げると、レクスが顔を上げて俺を見た。
「七時というのがネックなんだ。みんながログインする時間だ。四時か五時にしてもらえたら、行くと誓う」
「わ、わかった! じゃあ四時半!」
「感謝する。ありがとう。では、明日から四時半に夕食を食べる」
「約束だぞ?」
「わかった。約束する」
レクスが微笑した。なんだかアイテムで釣ったみたいになってしまったが、俺はとても嬉しかった。