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第10話 上手い理由。


 夕方、約束通り四時半にご飯を用意したら、帰ってきたレクスがそのまま着席した。


「聞いたか兄上!」

「ん?」


 キラキラした目をしているレクスの前に座りながら、俺は首を傾げた。

 レクスが笑っていると、自然と俺も笑顔になる。


「ルシフェリア達がセントラルの二番目の街を解放したらしい! ハルベルトのサイトに速報が出ていた!」

「――そうなのか」


 俺は笑顔のまま、簡潔に答えた。『達』に含まれるのはきっと俺かもしれないが、俺の名前は出ていないと思う。俺はハルベルトに直接名前を書かないで欲しいと以前言ったし、ルシフェリアとそのギルメンはいつも俺の事をペラペラ喋ったりしない。それに知らんぷりしたわけでもない。サイトに出ていたのは知らなかったから、その部分に関して俺は言ったのである。


「やっぱりルシフェリアは凄い……凄すぎる……」

「大ファンなんだな」

「ああ。一度でいいから直接話してみたい」


 それを聞いて、俺は少し悩んだ。きっとルシフェリアは頼んだら来てくれる。紹介したらレクスは喜んでくれそうだ。たまたまフレだということにして紹介するくらいなら、俺がひき廃だとはバレないかもしれない。いい案だ。


「レクス、高校はどうだった?」

「普通だ。それにしてもルシフェリアは、本当に凄い」

「レクスは俺に友達を紹介してくれると話していただろ? だ、だから、俺もグラパラの方でだけどフレとか……紹介してもいいか?」


 ルシフェリアはいい奴なので、そもそもいつの日にかはレクスを紹介しようと俺は元々思っていた。これはレクスの中の俺の株を上げるためでは決して無く、本当にそう思っていたのである。


「ん? ああ。もちろんだ。兄上がどんな相手と付き合っているのかは、俺も気になっていたんだ。兄上はいかにも詐欺に遭いそうで……高級武器を持っているんだから、狙われてもおかしくないしな。信頼できる相手なんだろうな?」

「ああ。俺の大切なフレだよ」

「それなら歓迎だ。この後にでもどうだ?」

「多分ログインしてると思う。じゃあ、またセントラルの時計のところのベンチで」

「分かった、兄上。しかしこのわかめサラダは美味いな」

「だろ? ドレッシングを自作したんだ」


 そんなやりとりをしながら夕食を終えて、俺は早速ログインした。

 そしてルシフェリアにチャットを送る。


『あのな、今平気か?』

『ああ。攻略祝いでギルドホームで集まって喋っているが、それだけだな。どうかしたか? 寧ろお前がいなくておかしな空気だが』

『っ、えっと……レクスに、弟に、フレを紹介すると話したんだ。来てくれないか?』

『なに? ぜひ、こちらこそ会いたい』

『だけど頼むから、俺が廃人というのは内緒にしてくれ』

『っく。場所は?』


 音声チャットだったのだが、ルシフェリアが笑みをかみ殺したのが分かった。不安だ。


『……言うなよ? 場所はセントラルの時計のところだ』

『ああ、噴水街の、あそこか。分かった、いつ行けばいい?』

『俺は今もういる。あ、レクスが来た。じゃあ、待ってる』

『分かった。すぐに向かう』


 と、こうして俺がチャットを打ち切った時、丁度レクスが来て、俺の隣に座った。俺は本日も福の神アバターだ。


「兄上、待たせたな」

「ううん、俺も今来たところだ」

「それで、フレの都合は大丈夫だったのか?」

「うん。すぐに来てくれるって」


 俺がそういったときだった。広場全体がざわっとした。

 俺とレクスが揃って顔を上げた時、ばっと人混みが割れた。その中央を、ルシフェリアが歩いてくる。


「あ、兄上、ルシフェリアだ」

「うん」

「どうしよう、こっちに来る。何処に行くんだろう? やはり今日攻略したという隣の街だろうか?」

「うーん」

「あ、兄上、本物だぞ!」


 小声ではあるが、レクスが大興奮している。ちらっと見た俺は、驚愕したように目を見開いているレクスを見て、やっぱりやめるべきだっただろうかと悩んだ。


 ルシフェリアはそのまま歩いてくる。周囲は羨望の眼差しや憧憬、キラキラした目をルシフェリアに向けている。ルシフェリアは全身クロムレッドと桃花源と鴉羽の装備で、そもそもレベルが高くないと触れない装飾具などを堂々と身につけて歩いてくる。だがゴテゴテはしておらず、シンプルだ。ルシフェリアの着こなしと、端正な顔……と、みんなが評価する面持ちに、ルシフェリアの強さ部分以外のファンもかなりいる。


「ゼクス」


 ルシフェリアが俺達の前で立ち止まった。


「来てくれてありがとうな。紹介する、弟のレクスだ」

「――は?」


 レクスが俺を見て不可解だという声を出した。ここまで来ると、俺は吹き出しそうになった。


「はじめまして、ルシフェリアという。宜しく頼む、レクス」

「……、……レクスです」


 レクスがガチガチに緊張した様子で、必死に名乗っている。そしてルシフェリアを見上げてから、俺をチラ見し、またルシフェリアを見た。


「ゼクスは俺の親友なんだ」

「し、親友!? あ、兄上が!?」

「ああ。親友に弟を紹介してもらえて、少し舞い上がっている。が――そうか、レクスか。ユレイズ大陸を最初に攻略した黒十字同盟のギルマスのレクスだろう?」

「っ、え……知っていてくれたんです、か……?」

「当然だ。とてもいいギルドだと聞いているし、ユレイズでは黒十字同盟が生産も少しずつしていると聞いて、そちらも見に行ったことがある」

「……」

「レクス、よかったらフレになってくれないか?」

「い、いいんですか……?」

「ああ。申請に許可してくれて感謝する。俺はフレは対等だと思う。別に敬語でなくて構わないからな、今後は」

「……いや、それはちょっと……え? でも……兄上とは一体どういう経緯で? 生産ですか?」


 レクスが唖然としたように問いかけた。俺はルシフェリアに、俺が廃人だと言わないようにと念を送る。


「――大学のVR学部時代の同窓なんだ」

「なるほど」


 ルシフェリアが俺でさえ思いつかなかったパーフェクトな言い訳をしてくれた。ありがとうルシフェリア! 嘘ではないし、これなら不自然ではない。冷や汗をダラダラ掻いているレクスも納得してくれている様子だ。


「さて、兄弟水入らずのところを邪魔しても悪いだろう。そろそろ俺は戻る。クロムレッドで今、今日の攻略の打ち上げ中でな。親友の頼みだから、つい抜け出してきてしまったんだが、ギルメンに呼び戻されている」

「!! 兄上のせいで!」

「――ゼクスの頼み事は、基本的に俺は優先する。親友だからな。では、また。レクス、今度チャットを送る」

「は、はい!」

「レクスもいつでも送ってくれ」


 ルシフェリアはそう言うと帰って行った。みんながそちらを見ている。いや、一部は福の神アバターの俺とレクスを羨ましそうに見ていた。


 そのざわめきが落ち着いた頃、レクスが俺の服の袖を引っ張った。


「兄上」

「ん?」

「ありがとう……俺、緊張しすぎて死ぬかと思ったけど、結論として寿命が延びた」

「そ、そうか」


 レクスの瞳が、歓喜の涙で潤んでいる。ここまで喜ばれるとは思っていなかった俺は、もっと早く会わせてあげればよかったと思ったのだった。




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