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第2話 ナテュール視点

ナテュールの母は敗戦国の王女だ。

人質として連れてこられた母は自分の父親程年の離れた王と、輿入れしたその日の一夜だけを共にした。


そしてどういう訳か、その一夜だけで母は俺を孕み、望まれない第7王子が誕生した。

王家の特徴である白い肌も、森のような深い緑の瞳も、雪のような白銀の髪も持たない。代わりにあるのは敗戦国の母の母国特有の焼けた色の肌と金髪。そしてありふれた青い瞳だった。


第7王子と王位からも遠ければ、母は人質の敗戦国の王女。身分などあってないようなものだ。


そんな俺が6歳になる頃、母は精神を病んで療養という名で宮の奥に閉じ込められた。

残された俺にはまともな侍女も従者も用意されず、王子でありながら側仕えは乳母しかいなかった。

既にその時には乳飲み子でも無いのだから乳母も仕える理由など無かったのだが、俺を哀れに思った乳母は、俺が11歳になる頃まで母のように暖かく俺を育ててくれた。

しかし、11歳の誕生日を迎えて少し経った頃、俺の存在を疎んでいる他の側室達の手回しにより、乳母も宮を追い出された。


とはいえ、仮にも王子に1人も側仕えがいないというのは外聞が悪い。

そのため王が乳母の代わりに用意したのが、


「お初にお目にかかります。本日よりナテュール様に仕えさせていただきますロイ・プリーストでございます。」


この同い年の少年、ロイ・プリーストだった。

にっこりと目を細めて笑うその胡散臭い顔。何か企んでます、と全身から隠しきれない怪しさがあった。


(プリーストなら神殿出身者じゃないか……神殿からの回し者か……)


プリーストという姓は、神殿が与えるものだ。孤児で家名を持たない者に、神殿がその人間の身分を保証するために与える家名の代わりのようなもの。


そんな神殿は今代の王と仲が良くない。


元々政治と深く絡んでいた神殿は、各貴族との不正や癒着がかなり酷く、信仰を盾に信者という名の国民を食い物にしてきた歴史がある。


そんな神殿を政治から切り離し、今後一切政治政策に信仰を持ち込まない、という新しい法律を定めたのが、今代の王。つまりはおれの父親にあたる人だ。


そのため、神殿は今の王を引きずり下ろし、自分たちに都合のいい人間を玉座に据えたがっている。


(哀れな第7王子なら簡単に誑かせるとでも思ってんのか?)


それなら見当はずれもいいところだ。

元々王位からも遠ければ、興味もない。

操り人形にしやすいと思われていること自体が気に入らない。


恐らく王は、誑かされたところで脅威になりやしない、とそのまま従者として宛がったのだろう。俺にその気がないとは言え、それはそれで腹は立つが。


(ま、どうせ15歳になれば、俺は学園の寮生活になる。王が学園側に申請金まで出して俺に従者を付けるとは思えない。)


申請金さえ出せば、学園生活の中でも従者やメイドをつけることが出来るが、学園には他の貴族の跡取り息子や未婚の令嬢が沢山いる。

下手に深い関係になられ、神殿側が政治を担う貴族社会に口出しするようになることは、王の望むところでは無い。


と、いうのに。


「な、ん、で!お前がここにいる!?」

「ナテュール様が居られる場所が私の居るべき場所でございますので。」


学園には従者の正装ではなく、学園の制服を着たロイ・プリーストがいた。


相変わらずニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべ、白々しい台詞を吐く、ロイ・プリースト。なんとこいつ、試験を自力でクリアし、平民の入学枠をちゃっかり勝ち取って正面から学園に入って来やがった。

同じ馬車に乗っていた時点でおかしいと思うべきだった。


学園内では事ある毎に「ナテュール様、その言葉遣いは王子として相応しくありません。」だの「おや、マナーをお忘れですか?」だのグチグチと嫌味を言ってくるロイ・プリースト。

唯一の救いは寮に割り振られた部屋が俺は貴族部屋で、あいつは平民の相部屋だった事だろう。


隣の部屋のルーカス・エドワーズ公爵子息はつい先日まで平民だった私生児で、最初は隣が王族の人間だとビビりまくっていたが、蔑まれる第7王子と突然貴族になった私生児のルーカス。外れ者同士、仲良くなるのに時間はかからなかった。


「にしても、今日も切れ味抜群だったね、ロイさん。」

「あいつに敬称なんて付けなくていい。くそ、思い出したら腹が立ってきた。」

「まあまあ、落ち着きなよ。ボクが私生児なのは本当のことだし……」

「だとしても!あんな言い方ないだろ!?」


授業の合間や昼休み。放課後寮の部屋に戻るまでの間、必ず俺に付きまとうロイは、必然的に一緒にいることの多いルーカスとも接する機会が増える。

そして顔を合わせたかと思えば「おや、貴方は……私生児の、いえ、失礼。」だの「おや、これはこれはルーカス様ではないですか。」などと、ニヤニヤと笑ってわざとらしい敬称の付け方をしたりと何かと嫌味を言ってくる。


今日だって「ルーカス様は下町の料理がお得意だとか。是非ともそのお手前を拝見したいものですね。」等と遠回しにルーカスを所詮は下町の人間だと、貴族に仲間入りしながら使用人がやるようなことをしていると嫌味を飛ばしてきた。


「あれ……あそこにいるのってロイさんじゃ……」

「……隣にいるのは、神官だな……」


ルーカスが指し示す先には、建物の影に隠れるように王家の敵である神官との密会しているロイの姿が。これは明確な王家に対する裏切り行為だ。


「ルーカス、現場を押さえる。君はエドワーズ公爵家の者として証人になってくれ。」

「う、うん。わかった……」


気配を消し、足音がならないように静かに近づいていく。

距離が縮まるにつれ、密会相手の神官の話す内容が聞き取れた。


内容は簡単に言えば俺を使って王家の情報に探りを入れろ、上の王子6人を殺してでも俺を王位につかせ傀儡にしろ、出来ないのならそれ相応の役職につかせ神殿に忖度をさせろ、等という旨をベラベラと話していた。


それにルーカスの顔が険しくなる。


そして、あと少し近づいたらタイミングを見て踏み込もう、と思ったその瞬間。


「フンッッッ!!!」

「ぐぶぉ!?」


ロイが相手の神官を思いっきり殴った。


それはもう、清々しい程に綺麗なフォームで相手の顔面に握りこぶしをぶち当てた。


「……え、今殴ったよね??」

「あ、ああ……殴ったな……??」


あまりにも予想外の出来事に、思わずルーカスと顔を見合わせる。

そんな俺たちとは反対方向から


「ちょっとぉぉお!何しちゃってんの!?」


と、1人の人影が飛び出してきた。


「彼は確か……」

「ロイの相部屋相手のオリバー・ジャクソンだったか……?」


慌ててロイを羽交い締めにするも「止めるなオリバー!」と、ロイは更に神官を殴ろうと暴れている。


「こいつ!僕のナテュール様を侮辱したんだぞ!!?」

「お前のじゃねーだろ!!!」

「ハッ!そうだ!僕がナテュール様の物なんだ!えへへへへへ……」

「相変わらず気持ち悪いやつだな!?」


「……ロイさんってあんなキャラだっけ……?」

「……いや……??」


普段の嫌味を言う全身から出す胡散臭さはどこへ行ったのか、ヘラヘラと締まりなく笑うロイにオリバーのツッコミが炸裂する。

すっかり俺とルーカスも場を押える所ではなくなっていた。


「てか暴力沙汰はまずいって!お前一応生徒なんだから退学になったらまずいだろ!ナテュール様のそばにいられなくなるぞ!」

「そっ、それは困るが……だとさても許せん!!フンッッッ!」

「だからやめろって!!!」


結局オリバーの拘束を振り切り、更に神官に一発ぶち込んだロイは「いい汗かいたぜ!」と言わんばかりの爽やかな顔で額の汗を手で拭った。


「え、あれ誰???」

「ロイの皮かぶった他人だろ。」


最早俺は考えることを辞めていた。

あれは絶対ロイじゃない。ロイは常に胡散臭い薄ら笑いを浮かべているし、あんな話し方もしない。

あれはきっとロイに似た他人に違いない。というかそう思わないと脳みそがバグる。


「全く!俺らはお貴族様と違って直ぐに退学にさせられるんだぞ!?お前分かってんのか!?」

「安心しろ、既に担任教師の弱みは握っている。そう簡単には僕を退学にはできないさ。」


ハンッと鼻で笑って気絶した神官を更に蹴っ飛ばしたロイに、オリバーは「……あのさ、」と、頬を掻きながら言葉を続けた。


「そういう所が胡散臭いって言われる原因なんだぞ。」

「胡散臭くないもん!!!」


顔を中央をシワッシワに寄せて叫ぶロイ。そんなロイにオリバーは諦めろ、と言わんばかりの表情でロイの肩にポンっと優しく手を置いた。


「大体さ!細目なのは仕方ないじゃん!目つき悪いからすぐ睨んでるって勘違いさせるし!せめて印象よくしようと笑顔心がけてたら胡散臭いって何!?」

「だって……なんかお前全体的に胡散臭いし……」

「酷い!!こんなにもナテュール様のことをお慕いしてるのに神官やほかの側室からの使者が接触してくるの今月もう5回目だし!こんなにも!!お慕いしてるのに!!!」

「あー、いやでも……その、言っちゃあれだけどお前ナテュール様から嫌われてんだろ……」

「き゛ら゛わ゛れ゛でな゛い゛も゛ん゛ん゛ん゛ん゛……!!」

「あああごめんって!そんな全力で泣くなよっ!!」


最終的に小さな子供みたいに地面に座り込んでギャン泣きし始めたロイに、ルーカスは「誰あれ???」と困惑を極めた顔でこちらを見てくる。


「……ちょっと知らない人ですね。」


俺は考えることを放棄した。

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