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第6話 決裂の一撃


重苦しい空気の晩餐会は、結局みんなが気まずい思いをしたまま終わった。

婚約の話は、当然のことながら、誰も口にしなくなった。


時機を見計らった早川奈美は、席を立って辞去しようとした。給湯室の前を通りかかった時、中からかすかに聞こえる声に足を止めた。


思わず中を覗くと――藤原麻衣だった。彼女は黒沢直樹の袖をぎゅっと掴み、その水のように柔らかく、純粋でありながらどこか妖艶な江南美人の顔を上げて、泣き声を帯びて訴えていた。

「三様、どうして…私と結婚してくださらないんですか?」


黒沢直樹は入り口に背を向けていたため、奈美には彼の表情は見えなかった。ただ、涙をためて今にも泣き出しそうな麻衣の様子だけが目に入った。同性である奈美でさえ思わず心が揺らぐほどだった。これほどの美人の涙に、黒沢直樹のような男は抗えるだろうか。


奈美は視線を戻し、ドアを押して黒沢邸を出た。門を出て数歩も歩かないうちに、高橋翔太が追いかけてきた。


「奈美! 挨拶もせずに帰るなんて? まだ俺のことを怒ってるのか?」わざとらしいほど甘い口調だ。


奈美は足を止め、冷たく振り返った。

「用が済んだんだから、邪魔にならないうちに帰るわ。何か文句でも?」


翔太は「驚いた」という表情を見せた。

「何を言ってるんだ?」


「リゾート開発の件よ」奈美の声は平静そのものだった。「もう手に入れたんでしょう?」


翔太は眉をひそめ、言い訳しようとした。

「俺がお前と婚約したのは、利用するためだと思ってるのか? 奈美、それは誤解だ…」


「誤解?」奈美の口元に皮肉な笑みが浮かんだ。叔父の見合い相手と密かに情事を交わしておきながら、彼女の前では深い愛情を見せようだなんて? 結局のところ、彼女がかつて黒沢泰三を助けた恩義を利用して、さらに利益を引き出そうとしているだけだ。


これ以上偽りの会話を続ける気はなかった。はっきり言ってしまおう。

「高橋翔太、あんたの醜聞をばら撒かれたくなかったら、これ以上絡まないで。晩餐会の前の庭であんたたちが何をしていたか、私はちゃんと見ていたんだから。別れるならお互いきれいに済ませたほうがいいわよ」


翔太の顔色が一変した。奈美がすべてを目撃していたとは思ってもいなかったようだ。警戒して周囲を見回すと、奈美を無人の隅へと強引に引きずり込んだ。


「俺がこんなことしたのは、お前たちの将来のためだ!」声を潜めて、焦ったように説明する。

「藤原麻衣の父親はプロジェクトの重要な協力会社の社長だ! 関係を近づけておかないと、黒沢財閥の中で俺の立場が危うくなる! 先に手を出してきたのは彼女の方だ!」


奈美はただただ吐き気がした。

「関係を近づけるために、ベッドの上まで行くの? 高橋翔太、火のない所に煙は立たないわよ。そんな言い訳で誤魔化さないで!」


「あの三千万だ!」翔太はまるで頼みの綱を見つけたように言った。

「小さな金額じゃない! お前の義父のために資金を調達したかったから、そうせざるを得なかったんだ! プロジェクトが終われば、すぐに義父様の口座に振り込む! 彼女とは絶対に二度と関わらないと誓う!」


「ふん」奈美は嘲笑を漏らした。

「じゃあ、私の義父のために、『犠牲』を払ってくれたあんたに感謝しろってこと?」


翔太がまだ言い訳を続けようとするのを見て、奈美は完全に我慢の限界に達した。振り返って立ち去ろうとした。

「そんなに『苦労』して手に入れたそのお金なんだから、高橋翔太、お金もあんたも、私は要らないわ」


「奈美! 感情的になるなよ!」翔太は突然後ろから奈美を抱きしめた。

「この金がなければ、義父様の会社はどうなる? お前にはこの金が必要だろ? それに俺は…お前がいなきゃダメなんだ!」


突然の男性の接触に、奈美は全身に鳥肌が立った。生理的な嫌悪感が襲ってくる。必死に抵抗したが、彼はさらに強く締め付けた。咄嗟に、奈美は翔太の足の甲を思い切り踏みつけた!


「ぐあっ…!」翔太は痛みで声を上げ、手を離した。


奈美は振り返らずに歩き出した。


「奈美! 俺がお前のためにしてきたことを、本当に無視するつもりか?!」翔太が背後で怒鳴った。

「婚約もしたんだぞ! どうやって義父母に説明するつもりだ?!」


奈美は聞こえないふりをして、歩みを止めなかった。


「早川奈美! 待て!」翔太は完全に逆上し、数歩駆け寄ると、再び彼女の腕を掴み、乱暴に自分の方へ引き戻そうとした!


幼い頃から経験してきた変わりようで、奈美はとっくに人間の情けの冷たさを見抜いていた。実父の破産、実母が金を持ち逃げして彼女を捨てて海外へ去った経験が、数えきれないほどの不眠の夜に教えてくれた――愛情ほど儚いものはないと。自分の肉親でさえ平気で捨てる人間がいるのだから、いったい何を信じればいいのか?


彼女は元々翔太に感情など抱いていなかった。いわゆる婚約は、互いに暗黙の了解で進めた利害の一致に過ぎなかった。


だがこの「パートナー」は、協力が始まった時点で彼女を裏切り、今になって図々しくも「これはお前のためだ」と言うのか!


強い嫌悪感と屈辱が込み上げてきた。


翔太が顔を近づけ、無理やりキスしようとするのを見て、奈美は咄嗟に顔を背けた。それでも振りほどけないと悟った瞬間、彼女は迷わず手を振りかざした――


パンッ!


けたたましい音と共に、その一撃は高橋翔太の頬に容赦なく叩きつけられた!



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