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第8話 暗証番号と塗り薬


強い加速のGに押し付けられる感覚に、早川奈美は思わず指をぎゅっと握りしめた。シートベルトを握る手に力が入る。

黒沢泰三でさえ直樹を手に負えないのも無理はない。彼の行動は予測不可能で、心の内は読めない。一体どの言葉が彼の逆鱗に触れるのか、見当もつかない。

早川はもう口を閉ざし、窓の外を流れるネオンを見つめた。


二十分後、車は聖心記念病院からおよそ二キロほどの高級マンションの地下駐車場に滑り込んだ。周囲に停まっているのは、どれも高級車ばかりだ。

直樹が先に降りた。早川は一瞬躊躇したが、ドアを押して後を追った。

直樹がエレベーターへと真っ直ぐ向かうのを見て、早川は足を止めた。駐車場の出口から立ち去るべきか、それともエレベーターで一階へ上がるべきか、迷っていた。


「来ないのか?」


直樹がエレベーターの前で立ち止まり、振り返って彼女を見た。その目には、逆らえない深い意味が宿っていた。

早川は微かに驚いたが、結局、彼の方へ歩み寄った。

エレベーターのドアが閉じた。まだ階のボタンも押されていないのに、空間は突然狭く感じられた。直樹が突然接近し、その大きな体が、早川を冷たい金属の壁と自分の間に閉じ込めた。

背中が冷たさに触れ、早川は思わず息を吸い込んだ。


「怖がってる?」


直樹がうつむき、重い視線で彼女を捉えた。

早川は顔を上げて直樹を見据え、落ち着いた口調で言った。

「黒沢先生は外科のトップで、腕も一流です。私は先生を敬っております。」

直樹の喉の奥から、低い笑い声がこぼれた。


言葉の端々に隙はない。しかし、今この場では、明らかに核心を避けている。

彼の問いはそれではない、と彼女もわかっているはずだ。


「じゃあ、」彼は突然身を乗り出し、彼女を完全に自分の存在感と影で包み込んだ。「俺の『腕』が気に入ったから、俺に近づいたのか?」ある言葉を特に強調し、低く砂を擦るような声で続けた。「俺を寝かせて? それに『腕』が良かったから、今日は車に乗せてもらおうってか?」

医療技術の話のはずなのに、その言葉の一つ一つが、どことなく曖昧な含みを帯び、人の想像を掻き立てる。


早川の指先がかすかに震えた。深く息を吸い込み、平静を装って言った。

「あれは事故だった。昨夜は酔っぱらっていただけです。でも黒沢先生も……別に損はしていないでしょう。今日はただ、車に乗せてもらっただけです。ご親切に、お考えにならないでください。」

直樹はうつむき、口元に愉快な笑みを浮かべた。彼女の返答に面白がっているようだった。


「ピン――」


エレベーターは最上階に直行した。

直樹が先に出て、振り返ると早川がまだ中に立っている。彼はさっと手を伸ばし、彼女の指を絡めると、そのまま引っ張り出した。

「俺の家だ。」スマートロックに指紋をかざしながら、天気の話でもするかのように気軽に言った。「暗証番号は0721だ。」


「……」


そんなこと、知る必要はなかった。

彼女はドアの外に立ち、中に入るつもりはなかった。ここは直樹の絶対的なプライベート領域だ。二人の関係が、土足で踏み込めるほど親密なものではないことは明らかだった。

空気には清々しい松の香りが漂い、ほのかなタバコの匂いが混じっていた。それは直樹だけが持つ、強くてどこか攻撃的な男の気配だった。


早川の耳の付け根がほんのり熱くなった。何とかして帰る口実を考えていると、直樹が彼女を見て言った。


「入らないのか? 俺に食われるのが怖いか?」

言葉が終わらないうちに、彼はどこからともなく家庭用の救急箱を取り出した。しばらく中を探り、一瓶の塗り薬を取り出すと、その深い視線が彼女の首筋にある目立つあざに落ちた。


「それとも、ドアの前で塗ってもらいたいのか?」

彼が彼女を連れてきたのは、そのためだったのか?

早川は微かに驚き、心のどこかに、奇妙な温かい流れが走るのを感じた。何度か会っただけの間柄なのに、彼は彼女の傷に気づいていた……。


彼女は気取った態度を見せず、一歩を踏み出して中に入った。

ドアが静かに彼女の背後で閉じた。

直樹は手を洗い、長い指で綿棒をつまむと、茶色い塗り薬を染み込ませて彼女に近づいた。


「上を向け。」


早川は言われた通りに、わずかに顎を上げた。火照った肌に冷たい薬液が触れると、ヒリヒリとした不快感が瞬時に和らいだ。


「傷は深くない。指の痕は明日には消えるだろう。」


直樹の視線が下がり、彼女の少し開いたニットの襟元から覗く、白い肌に残る、もっと曖昧なピンク色の痕跡に留まった。


「でも……こっちの痕は、もう二、三日は残りそうだな。」


早川の息が詰まった!

薬を塗ってもらいやすくするため、彼女はさっき二つボタンを外していたのだが、それで鎖骨のあたりに残った、昨夜のキスマークが露わになってしまっていたのだ!少し居心地悪そうに襟を合わせながら、彼女は小声で言った。


「ありがとうございます。」


直樹は細め、突然尋ねた。


「今朝、婦人科で処方された薬は塗ったか?」

「……いいえ。」

「薬は?」


早川は一瞬呆気にとられ、なぜかカバンからその軟膏のチューブを取り出した。

次の瞬間、男の低い声が疑いの余地なく響いた。


「ズボンを脱げ。」





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