なるほど、あの時黒沢邸で、慎一郎が直樹に嫌味を言っていたのは、二人の間に確執があったからか。
奈美が黙っていると、陽介が続けた。「世間ではずっと、直樹が黒沢家の隠し子で、慎一郎の立場を妬んで殺そうとしたって噂されてるんだ。慎一郎は運良く死ななかったけど、足は不自由になってしまって、一生車椅子らしいよ」彼は奈美を真剣な眼差しで見つめながら言った。
「奈美、肉親にすら手をかけるような男って、怖くないか?」
奈美は答えなかった。
心理カウンセラーとしての奈美は、この話に疑問を抱いた。嫉妬だけで人を階段から突き落とす? その理由は直樹には腑に落ちなかった。
彼女の知る直樹は、そんな身分に固執する男ではなかった。そうでなければ、黒沢泰三に幾度となく挑発的な態度を取ったりはしない。黒沢家の実権を握る人物の機嫌を取れば何でも手に入るという状況を、まるでゴミのように捨てた男だ。そんな男が、権力のために人を害するはずがない。
午後には仕事があった。奈美は陽介と簡単に別れを告げ、それぞれ分かれた。
仕事を終えた奈美は、ホテルをチェックアウトしてスーツケースを引きずり、聖心記念病院の寮に向かった。
部屋のドアを開けたその瞬間、突然、腕に力強い手が絡みついた!
直樹はすでに白衣を脱ぎ、アイロンのよく効いたシャツ姿だった。上の二つボタンはだらりと開けられ、色気のある喉仏が覗いている。全身からは高貴で近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
突然現れた直樹に、奈美の心臓が高鳴った。掴まれた手首が熱くなるのを感じながら、平静を装って言った。「黒沢さん、これから夕食なのですが…ご一緒しますか?」寮の廊下には人が行き来している。誰かに見られるのが気がかりだった。
直樹が俯いて、深い眼差しで奈美を捉えた。
「一日中手術だった。疲れた」
「それでは…」奈美は唇を噛みしめた。
「お持ちしましょうか?」
その言葉が終わらないうちに、天を衝くような轟音が鳴り響いた!
どしゃ降りが、何の前触れもなく降り注いだ。瞬く間に雨脚は激しく、雨のカーテンのようだった。遠くで通行人たちが悲鳴を上げ、闇の中を雨宿りに走り出す。
奈美は呆然とし、無意識に拳を握りしめた。この雨…あまりにも不自然だった。
「どうやら出られそうにないな」直樹の口元に、意味ありげな笑みが浮かんだ。「それなら、終わってからにしよう」その声には、それ以上拒む余地のない強さがあった。
奈美の頭の中が真っ白になった。
どうやって部屋に連れ込まれたのか、彼女にはわからなかった。覚えているのは、ドアが閉まった瞬間に、彼に押しつけられた背中とドアの冷たさだけだ。
清涼感のある香りと、かすかなボディソープの匂いが混ざった男の匂いが、奈美を包み込んだ。
彼がうつむくと、高く通った鼻筋が奈美の鼻に触れた。四つ目が合い、奈美は直樹の瞳の奥に渦巻く激しい欲望をはっきりと見た。
呆気に取られている間もなく、彼は顔を傾け、絶対的な支配力で奈美の唇を封じた。
奈美の心臓が一瞬止まったかと思った。体が微かに震え、頬が熱くなった。
「黒沢さん…お話ししませんか?」奈美は全身の力が抜け、ようやく立っていられるのは、彼の首に絡めた両腕のおかげだった。
直樹の唇が、白磁のように滑らかな奈美の首筋に触れた。喉仏が上下に動く。「今か?」
奈美の目尻が赤く染まった。耳元には、直樹の熱い吐息だけが響く。「あの一千万のこと…」
直樹は低く笑った。奈美が言い終える前に、骨ばった指が強引に彼女の指の間に入り込み、十指を絡めて奈美をドアに押しつけた。
奈美の息が荒くなった。無理に続ける。「お金はできるだけ早く…」
「…ん」
直樹がうつむき、奈美の首筋に唇を寄せた。薄い唇が開くたびに生じるくすぐったいような、じんわりとした感覚に、奈美は狂いそうになった。耳元に流れ込む彼の低い声。「金は返さなくていい。条件は一つだけだ――」
「――高橋翔太と別れろ」
つまり、彼が金を渡したのは、彼女が早く高橋翔太と縁を切るためだった?
なぜ?
奈美は理解できなかった。
「それだけ?」
直樹は口元を吊り上げた。
「他に何を求めているんだ?」
彼女が黙り込むと、直樹の瞳が一層深い闇色に沈んだ。
「そうか」
熱い吐息がかかり、直樹の遠慮ない触れ方に、奈美は完全に飲み込まれてしまった。
腰を抱えてベッドに押し倒された時、奈美はシーリングライトが放つ温かな光の輪を見ていた。うつむきながらも、彼の激しい求愛を甘んじて受け入れる。
窓の外の雷鳴が、二人の息遣いをかき消した。
手術の疲労など微塵も感じさせず、信じられないほどの腰の力と持久力が奈美を狂わせた。
二度目がソファであった時には、奈美はぐったりと柔らかくなっていた。白い肌は淡いピンクに染まり、汗で濡れた長い髪が胸元に乱れ、耳元には彼の嗄れた吐息が響く。
……
直樹が柔らかな奈美の腰を抱えて浴室へ引き寄せた時、彼女は足元すらふらついていた。ふと気づくと、まだ夕食を取っていなかった。
これで終わりかと思ったのも束の間、彼は不意に背後から抱き寄せてきた。湯気が立ち込め、二人を包み込む。直樹の目が一瞬光り、甘く誘う声を響かせた。
「どうだ…もう一度やるか?」
一晩中、奈美は最初の未熟でぎこちなかった動きから、次第に慣れ、その行為の妙味を理解し始めていた。彼がなぜこれに飽きることを知らないのか、少しだけわかった気がした。
何度目かの頂点に達した時、目尻を赤く染めた奈美は全身が震えた。直樹の指が敏感な彼女の背中を撫で、自分の影にすっぽりと覆った。しかし、彼は次の行動をなかなか起こそうとしない。
奈美がぼんやりと見上げると、瞳には涙が滲んでいた。
直樹が片眉を上げて、からかうような笑みを浮かべた。
「待ちきれないのか?」
奈美の顔が真っ赤になった。
「そんなことないです!」
「確かか?」彼はわざとらしく問い詰める。
からかわれたと気づき、悔しさと恥ずかしさで腹が立った奈美は、仕返しとばかりに直樹の色気のある喉仏を噛んだ。
直樹の瞳が一瞬暗く沈み、奈美の首筋を掴むと、抱えている女を骨の髄まで染み込ませたい衝動に駆られた。
腕の中で奈美がぐったりとすると、直樹は満足げに低く笑い、含みのある口調で言った。
「記憶は悪いが…味は悪くない」