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第18話 予期せぬ露見


疲れ果てた早川奈美は、とっくに深い眠りに落ちていた。

黒沢直樹はすぐには休まなかった。窓辺に歩み寄り、わずかに隙間を開けた。

東の空が白み始め、雨上がりの朝には土の匂いが漂っていた。一枚のイチョウの葉がくるくると舞い、窓枠に落ちた。

彼はその落ち葉を拾い上げ、スマートフォンをかざして、空に向けて一枚写真を撮った。


早川奈美が目を覚ました時には、すっかり日が昇っていた。

隣のスペースはとっくに空っぽで、乱れたシーツだけが昨夜のすべてを物語っている……

信じられないことに、彼女は黒沢直樹ともつれあい、まるまる一晩を過ごしてしまったのだ。

全身がだるく、しばらくうつらうつらしてからようやく体を起こした。

床に散らばった服を一枚一枚拾い、身につけた。幸い、今日は後片付けだけだから、午後には東京に戻れる。


早川奈美はバスルームに入り、さっぱりとしたポニーテールを高い位置で結った。身だしなみを整え、ドアを開けようとしたその瞬間――


外からドアが押し開けられた!


奈美はびっくりして、はっと顔を上げた。黒沢直樹がきちんとした白衣を着て、片手にルームカードを持ち、まさに入ろうとしていた。


彼女がまだ部屋にいるのを見て、彼の目に一瞬、驚きが走った――もう11時近い、とっくに出て行ったと思っていた。


「直樹、入り口で何ぼんやりしてんだ? 入れよ!」 黒沢の背後から声がした。


奈美の顔色が一瞬で青ざめた! 誰か連れてきたの?


後ろめたさでドアを閉めようとしたが、もう遅かった。


次の瞬間、田中拓真の手が黒沢の肩に乗り、当然のことながら……ドアの内側にいる早川奈美の姿も見えてしまった。


きちんと身支度はしているが、早朝に男の部屋から出てくる……昨夜、何があったかは言うまでもない。


早川奈美の姿を見た瞬間、田中拓真も固まってしまった。

まるまる十秒、ようやく声を取り戻した。

「や、やあ……」

「あ――」

という長い声は、黒沢直樹に喉元で遮られた。彼は田中拓真の襟首をつかむと、そのまま人を廊下の奥へと引きずっていった。


二人の姿が消えてもなお、奈美の激しく鼓動する心臓は鎮まらなかった。


拳を握りしめ、深く息を吸った。田中拓真が余計なことを言いふらすとは思わないが……ただ、この状況があまりに気まずく、悪いことをしているところを丸見えにされたようで、穴があったら入りたい思いだった。

ここに長居は無用だ! 奈美はドアを「バタン」と閉めると、逃げるように自分の部屋へと駆け戻った。


廊下の奥。

田中拓真の声が途切れ途切れに聞こえてきた。


「なんだよ、昨日の夜電話に出なかったのは……へえ、直樹、女色に惑わされるんだな……」


黒沢直樹はほとんど眠らずに緊急手術に呼び出されていた。終わったら部屋で休もうと思っていたところ、途中で田中拓真に遭遇したのだ。

彼は気分転換にタバコに火をつけた。


「神奈美川まで何しに来た?」


田中拓真はだらりとした口調で答えた。


「行きたくて来たわけじゃねえよ。『銀座ナイチンゲール』を探しにだ! あのCVの大御所、神出鬼没でさ、RNRの位置情報が神奈美川になってたから、運試しに来たんだよ。」


田中拓真は芸能プロダクションを経営しており、ちょうど数億円を投じて映画『深宮の鎖』を製作、正月公開を予定していた。


ポストプロダクションは佳境に入っているが、ヒロインの声優がなかなか決まらない。女主人公のキャラクターはギャップが大きく、声が純粋で無垢でありながらも、芯の強さと決断力を持ち合わせていることが求められていた。


彼は数えきれないほどの声を聴いたが納得できず、友人が「銀座ナイチンゲール」のアカウントを薦めてくるまでだった。その声は琴の音のように優しく、清泉のように澄み渡り、驚くほどの表現力と可塑性を秘めていた。田中は即座に彼女を起用すると決めた。


しかし、三日間メッセージを送っても全く返事がない。昨夜、ブロガーの位置情報が神奈美川に更新されたのを見て、彼は夜を徹して追ってきた――ここで高額賞金の『声優オーディション』が開催されている、これが彼女が現れた理由だろうと推測した。会場は病院のすぐ隣だった。


「ったく」田中は話を変えた。

「お前、高橋翔太の婚約者を寝たんだな? 翔太が知ったら、どんな反応すると思う?」

黒沢直樹はタバコの火を消し、相手にせず、早川奈美はもう出て行っただろうと見込み、足を部屋の方へ向けた。

田中拓真が慌てて追いかけた。

「甥っ子の嫁に二度もやられるなんて、そりゃあ……こういう関係が刺激的なのか? まてよ、お前の『片思いの人』はどうした? 気が変わったのか?」


黒沢直樹の足が止まり、ルームカードを取り出した。

田中が食い下がった。「おい? 黙ってんなよ! 心境を語ってみろよ? お前、いったいどう考えてんだ?」


黒沢直樹はまぶたを上げて彼を一瞥した。

「違いがあるか?」


田中はぽかんとした。

「……どういう意味だ?」


「ピッ」という電子音が二度鳴り、ドアが開いた。黒沢直樹は中へ足を踏み入れた。


田中は無意識に後を追おうとした。


「バタン!」ドアが彼の目の前で閉ざされた。「休むから邪魔するな。お前の『ナイチンゲール』を探してこい。」


田中拓真は完全に拒否され、閉ざされたドアをじっと見つめ、自分の後頭部を軽く叩いた――

「マジかよ!?」ひらめいた! 彼は勢いよくドアを叩いた。

「直樹! まさか! お前の片思いの相手って早川奈美なのか!?」

「てめえ、よく隠してたな! 今回の帰国、彼女が高橋翔太と婚約したって聞いて、わざわざ奪い返しに来たんじゃないのか?」


田中拓真は世紀の大発見をしたかのように興奮していた。

「いつ知り合ったんだ? え?」


ますます熱が入る田中だったが、その時ポケットのスマートフォンが震えた。

ロックを解除すると、黒沢直樹からのLINEメッセージだった。


「口は災いの元だ。余計なことは言うな。」


田中拓真の目が輝いた! この言葉の意味は……認めたってことか?


黒沢直樹は本当に彼女を奪い返すために、帰国したのか?



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