早川奈美はすぐに小林優衣から送られてきたスクリーンショットを開いた。画面には車の往来が映り、彼女が黒沢直樹を見上げている。
撮影角度が意図的に選ばれており、一見すると二人が路上で手をつなごうとしているように見えた。
奈美は覚えていた。千葉県から戻ってきて、車から降り、黒沢からスーツケースを受け取ろうとした瞬間だ。
ただ、写真からはスーツケースが消されていた。
優衣がさらに掲示板のリンクを送ってきたが、奈美が開くと、投稿は一分前に削除されていた。
同時に電話口から優衣の訝しげな声が聞こえた。「あれ? さっきまであったのに、なんで急に消えたの? 掲示板の不具合?」
「写真は加工されたものよ。投稿者が気後れして削除したんじゃないかしら」と奈美は推測した。
「加工?」優衣は瞬きした。
「でも加工するにしても、元の素材があるんでしょ? 奈美、黒沢直樹と一体どういう関係なの? 千葉県の出張、彼の車で戻ってきたの?」
「うん」
二人きりだったと聞き、優衣は瞬間的に興奮した。
「往復で二、三時間も? 男女二人きりで、車の中で……」
あまりにプライベートな話題に、彼女は言い切れなかった。
奈美は彼女の言わんとすることを察し、二秒沈黙してから、声を潜めて言った。「車の中じゃないのよ」
「マジで!?」
その言葉の意味は……本当にやったってこと?
優衣のほうから裸足で床を踏む音が聞こえ、「待ってて、すぐにそっち行くから! この話、絶対にちゃんと聞かせて!」と言った。
二人は同じマンションに住んでおり、優衣は数分で奈美の部屋に飛び込んできた。「奈美! 大丈夫? 私、黒沢直樹には心に思う人がいるって言ったよね? なんでまた……」
靴を履き替えながら、怒りと諦めが入り混じったため息をついた。
「確かに、黒沢のスタイルも顔も最高だけど、白月光(永遠の憧れ)を心に抱えた男と絡むと、傷つくのはあなただよ! 私の失敗、忘れたの?」
優衣の過去は長くなる。大学一年の時、三年の先輩に追われた。紳士的で条件も良く、彼女は運命の出会いだと思って付き合った。ところが間もなく、先輩が突然連絡を絶った。
調べてみると、彼には昔から想いを寄せる女性(白月光)がおり、さらに酷いことに、優衣はその女性にどこか似ていた。
あの男は優衣を代役として扱っただけでなく、二人のプライベートな写真を白月光の女性に送り、「彼女を抱きながら想うのは君だ」「彼女は君の足元にも及ばない」などと自慢していた。
替え玉文学を地で行く男だった。
その後、どういうわけかそのチャットの記録が学内掲示板に流出し、優衣は一夜にして笑いものとなった。彼女はそのまま引き下がれず、男の卒業式の壇上で、鶏の血を男と白月光の女性に浴びせかけ、「伝説になった」。
自分で痛い目を見ているからこそ、優衣は奈美が同じ轍を踏むのを恐れていた。
奈美は彼女の心配が本物だと理解し、黒沢が金を貸してくれたこと、そして婚約パーティーの夜、酔って自分から絡んだ経緯を正直に話した。
それを聞き、優衣は分析した。「つまり、今回千葉県で彼が奈美に接触した理由は、『俺の最初の女はお前だ』ってこと? 一晩付き合うことが償いってわけ?」
奈美はうなずいた。
「彼が触れた最初の女が奈美? 冗談でしょ? 誰が信じるものか!」優衣の関心は一気にそちらに逸れた。
奈美も強く同意した。「私も信じない」。黒沢のあの熟練した技術で、経験が全くないなんてありえない。
「でも、突然一千万も貸すなんて、目的は純粋じゃないはず……奈美に惚れたか、それとも……」優衣は近づき、声を潜めた。
「…借りを作らせて、長期的な…あの関係を続けやすくしたいだけかも」
奈美の指先がわずかに震えた。
優衣は続けた。「私は後者だと思う。美色に目がくらんじゃダメよ。彼は奈美が若くて綺麗で扱いやすいから、遊んでるだけだろうから」
「私が恋愛脳に見える?」奈美は笑った。
「黒沢の条件は悪くないし、たとえああいう関係でも、私が損をするわけじゃない。それに、もう彼とは終わったし」
夜が更け、二人はベッドに横たわった。奈美が眠りかけていた時、優衣が突然言った。「そうだ、私、あと二日休みがあるから、明日神奈川の実家に帰るね。何か食べたいものある? 持ってきてあげる」
奈美は暗闇の中で目を見開いた。
神奈川県……十年前に早川家に引き取られて以来、一度も戻っていなかった。あの土地に残る記憶は、大火に呑まれた家、見捨てられた無力感、路上で彷徨った絶望だけだった。
しばらくして、彼女はようやく声を潜めて言った。「じゃあ、マンジェンガオを一つ持ってきて」
……
人と人とは、本当に違うものだ。
優衣が休暇で実家に帰る間、奈美は病院の当直に出なければならなかった。
休日は心療科を訪れる人が多い。現代人はストレスが大きく、張り詰めた糸がいつ切れるかわからない。
奈美の専門は臨床心理学。患者の中には確かに専門的な治療を必要とする人もいれば、ただ話を聞いてもらい、助言を受けて気楽に帰る人もいた。
一日中「感情のゴミ箱役」を務め、仕事が終わると、何人かの同僚と食事の約束をした。場所は同僚の実家が経営する人気店に決まった。その同僚は気前よく50%オフにしてくれた。
料理は見た目も味も良かった。同僚は店の看板ワインをわざわざ持ってきて、皆に味わわせてくれた。奈美は一口味わっただけで気に入り、つい二杯も飲んでしまった。
普段はほとんどツイッターをしない彼女だが、今日は料理に満足し、思わずワインの写真を一枚撮って投稿した。
黒沢直樹がこのツイートを見つけた時、指で画像を拡大した。
彼の目の前の食卓に置かれた全く同じワインボトルに視線を走らせ、口元に微かに笑みを浮かべた。
……まったく、奇遇だな。
同じ店にいたとは。