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第3話 一茶が仲間になった

 さて、日本を救うために意気込んでゲームを始めた美世であったが、早速出だしから躓くこととなった。


「ちょっ! どのボタン押したらジャンプできるんだっけ?」

「バツボタン押して!」

「攻撃するのは?」

「R2だよ!」

「えっ、Rって何? どこにそんなボタンあるのよ!」

「後ろ!」

「嘘でしょ? ボタン多すぎ……ってあー! また撃たれた!」


 美世は一茶のベッドにコントローラーをポーンと投げ出した。


「最近のゲーム難しすぎ! グリグリ視点変えなきゃならないしボタンはあっちこっちにたくさんあるし、こんなの操作できるわけ無いじゃない!」

「じゃあ辞めたら?」

「そんなわけにはいかないわ」


 謎の使命感に駆られて再びコントローラーを手に取る姉を、一茶は恐怖のこもった眼差しで見つめていた。


(うちの姉さん、どうしてこんなことに? 一度病院に連れて行った方がいいんじゃ……)


「……ま、まあ慣れだから。しばらくやってたら手が覚えてできるようになるよ」

「そうね、子供の頃スーパーファミコンだってできたんだもの。大人の私がこれくらいできないはずがないわ」

「それよりそろそろ朝ごはん食べないと。俺も今日大学あるし、姉さんもほら、お勤めがあるだろう?」

「チッ! そんなことしてる場合じゃないのに」

「姉さん!?」


 一茶はギョッとして思わず姉を二度見した。


(姉さんが、ゲーム廃人みたいになっちゃった!)



 久瀬神社はこの辺りで最も大きい由緒ある神社で、美世と一茶の父親を筆頭に数名の神職と、美世を含めた数名の巫女、美世たちの母親を含めた数名の事務員で成り立っていた。


「……美世、お前も今年で二十八だったな?」


 朝食の席で父親にそう切り出された美世だったが、ゲームにすっかり意識を持って行かれていたため上の空で返事をした。


「うん」

「あなた、今その話題は……」

「構うもんか。美世はもっと危機感を持たなければ。この先どうするんだ? お前も知っていると思うが、うちの巫女の定年は三十歳だ。それ以降は資格を取って神職になるか、事務員になるか、他所で働くか結婚するかしなくてはならないんだぞ」

「でも美世は昨日失恋したばかりで……」

「そんなに男を見る目が無いのなら、自分で生計を立てる道を模索しなければならないというのに。ちゃんと将来のことを考えているのか? どうなんだ、美世!」

「考えてるわよ! 二十年後の未来のことをね!」


 突然具体的な期間の話をされて、美世の父は驚いて一瞬言葉に詰まった。


「……え、に、二十年後?」

「そうよ、二十年後に後悔しないために、今から投資するの」

「と、投資だと?」

「父さん、姉さんは仮想通貨の取引を始めたんだよ」

「仮想通貨だと!?」


 二人の父親は血相を変えて美世を怒鳴りつけた。


「男に振られたからって、急に楽して稼ごうとはなんたることだ!」

「楽なんかじゃないわ! めちゃくちゃ大変なのよ!」

「バカもんが! お金というのは真面目に働いて堅実に稼ぎ、コツコツ貯金するものだろうが!」

「そんな古い考えのままだから、二十年後の日本は世紀末なんじゃないの!」

「お前は一体何を言っとるんだ!?」


 年甲斐もなく大声で怒鳴り合う父と娘の間に、母親と弟がオロオロしながら割って入った。


「あ、あなた、とりあえず落ち着いて……」

「そうだよ父さん。最近は政府も投資するよう積極的に呼びかけているし、貯蓄の形は昔とは変わってきてるんだよ」

「それくらいわしも分かっとる! しかしそれがなんでいきなり仮想通貨? まずはしっかり新聞を読んで勉強して、株やら投資信託から始めるべきだろうが!」

「うっ! それは確かにそうなんだけど、でも安心してよ。姉さんが始めたのはそもそも元手のほとんどかからない投資なんだ」


 そう言ってしまってから、一茶はしまったと後悔した。これではより怪しい儲け話に聞こえるではないか!


「そんなうまい話があるものか! タダより怖いものはないという言葉を知らんのか?」

「ごめん、ちょっと語弊があって。まあかかるのは電気代と最初のゲーム機代くらいなんだけど……」

「ゲーム? ゲームって何だ? なんか関係あるのか?」

「ゲームの賞金が仮想通貨になってて……」


 ドッカーン! と、とうとう堪忍袋の尾が切れた父親の雷がその場に落ちることとなった。


「振られたからって仮想世界に現実逃避だとぉ!?」



 その夜、再び自分の部屋の扉をドンドンと叩いてきた姉を、一茶は憔悴しきった表情で出迎えた。


「……姉さん、まだやるつもりなの?」

「当然よ。さっさと操作を覚えて一刻も早く稼げるようにならないと」


 とりあえずゲーム機の起動は自分でできるようになった美世は、部屋に入るなりさっさとテレビをつけてコントローラーを握った。


「……ねえ、姉さん。どうしてそんなにこのゲームにこだわるの?」

「ノアズコインを手に入れるためよ」

「どうしてノアズコインなの? 仮想通貨は他にもいっぱいあるだろ? ノアズコインって俺よく知らないけど、はっきり言って草コインって聞いたことあるよ」

「は? 草? 草って何?」

「時価総額も知名度も低い、マイナーなコインってことさ。こういうのは当たればぶっ飛ぶらしいけど、消えるリスクもかなり高いみたいだよ」

「じゃあ心配いらないわ。二十年後にはぶっ飛んでるから」

「姉さん今朝からなんかおかしいよ。一体どうしちゃったのさ? そしてそのノアズコインに対する自信は一体どこから溢れてくるの?」


 美世はゴトリとコントローラーを置くと、チラリと一茶を振り返った。そのまま立ち上がって部屋を出て行ったかと思うと、すぐに何か古ぼけた木の板を抱えて戻ってきた。


「これ見て」

「何これ、絵馬?」


 ノアズコインを欲する内容の書かれた三枚の絵馬を見て、一茶は驚いて目を見開いた。


「これ、うちの絵馬だよね? 社名もきっちり入ってるし。こんなデザイン初めて見たけど……」

「二十年後の未来から持ってきたの」

「え、何の冗談?」


 そう言いつつも、一茶は絵馬を裏表返しながらしげしげと観察していた。


「すごくボロボロだ」

「多分五年くらい掛かったままだったのよ」


 美世は絵馬を眺める一茶に真剣に語りかけた。


「二十年後のあんたに会ったわ。すごく疲れてて、四十代とは思えないくらい老けて見えた。うちの神社も周辺の道路も酷くボロボロになってたわ。五年前、つまり今から十五年後に世界経済が破綻して、既存の法定通貨は無価値になるの。その後円やドルに取って代わるのがノアズコインなんだって、あんたが言ってたのよ」


 にわかには信じがたい話に、一茶はポカンとした表情で姉を見上げていた。


「さっきお勤め中に調べたんだけど、こんな絵馬のデザイン過去に一度もうちでは扱ったことがなかった。うちの絵馬って十二年ごとに、この土地に住んでて縁のある絵描きさんに頼んでデザインしてもらってる事は知ってるわよね?」


 一茶は頷いてもう一度絵馬を凝視した。可愛らしいタッチの干支の絵の下に、『どっときのこ』と小さくサインが書かれている。


「……変わった名前の絵描きさんだね」

「そう、こんな名前の絵描きなんてそうそういないからすぐに検索ヒットしたわ。署名も絵柄もバッチリ合ってるから、同一人物で間違いなさそうなの」


 美世はタタっとスマホで検索した画面を一茶に見せた。


「えっと……どっときのこ、三十歳、北海道在住?」

「一応母さんにも確認したけど、こんな名前の絵描きに絵馬のデザインを頼んだ記録は無いって」


 一茶の頬を、冷や汗が一筋すーっと流れて落ちて行った。


「この絵描き、この後十五年以内に何らかの事情があってこっちに引っ越して来るのよ。それでこの土地に縁ができるから、将来デザインを頼むことになるんだわ!」

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