弟と危機感を共有できた美世は、一茶の協力のもと少しずつコントローラー操作に慣れていった。が、その程度の技量で勝ち進めるほど、FPSの世界は甘くはなかった。
「うわっ! また頭撃たれた!」
コントローラーを片手にガックリと肩を落とす姉を、大学の課題をこなしながら見守る一茶が慰める。
「姉さんだいぶ上手になってきたじゃないか」
「全然ダメ! 結構上手になってきたと思うんだけどなぁ」
美世は再びコントローラーを握り直してテレビ画面に向き直った。
「よく分からない現象が色々起こっている気がするのよね」
「よく分からない現象?」
一茶は課題を一旦置いて姉の横に座った。
「まずこれ、なぜか知らないうちに撃たれてる」
「う~ん、確かにどこから近づいてきたのかさっぱり分からないね」
美世はゲーム内の自分を生き返らせると、遠くの敵に照準を合わせた。
「次にこれ、狙ってるはずなのに当たらない」
「まあそれは、相手も動いているわけだし……」
「そして一番納得いかないのはこれよ!」
再び撃たれた美世がコントローラーを持ったまま勢いよく立ち上がった。
「ねえ、今の見た? 絶対私の方が早く撃ったはずなのに、何で私の方が撃たれてるのよ!」
「う~ん、何でだろ?」
「私はともかく、あんたはどうなの? ちゃんと稼げてる?」
「いや、俺も姉さんとどっこいどっこいだよ。そんな目で見ないでよ! 別に俺だってゲームに詳しいわけじゃないんだって!」
美世はため息をついてソファにもたれかかった。
「このままじゃ埒があかないわ。誰かに教えを請わないと。ねえ、あんたの友達ってこのゲーム強かったりするの?」
「そうだね、俺よりは長いことプレイしてるはずだから、ちょっと聞いてみるよ」
◇
「……俺が聞いて来るって言ったのに、まさか大学までついて来るとはね。わざわざ有給使ってまで」
「居ても立っても居られないのよ。実際にあの惨状を見てないあんたには分からないだろうけど」
知り合いに会うたびに好奇の目で見られて、一茶は愛想笑いをしすぎて口角が引きつってきた。
(ここ最近の行動が奇妙すぎて忘れかけてたけど、姉さんかなり美人だもんな)
雪のように白い肌に、烏の濡れ羽色の艶のある長いストレートヘア。綺麗な二重の目は気の強そうな光を放っているが、黙っていれば清楚な大和撫子だ。
(二股かけられて御神酒を飲んだくれてたなんて言っても誰も信じないだろうな……)
一茶は姉をキャンパス内の建物の一つに案内した。
「この中にゲーム同好会が部室を持ってるんだ」
「友達ってその同好会に入ってるの?」
「そうだよ」
古ぼけて少し薄暗い廊下を進むと、突き当たりに窓から灯りの漏れている部屋を発見した。
「多分ここだな」
特に看板も張り紙も無かったが、該当する部屋が他に見つからなかったため、一茶は思い切って少しガタついている引き戸を開けた。
(うおっ!)
埃っぽい部屋の中からこちらを振り返った面々を見て、一茶は思わず一歩後ずさった。ある者は無精髭を生やし、ある者はボサボサの頭で、ある者は全く服装に気を使っていないのがよく分かる。皆ヘッドホンを付け、各々のパソコンの前で目を光らせている様は俗に言う……
(オタクっぽい!)
「オタク集団ね」
初対面でいきなり気の強そうな美人にバッサリそう言われて、同好会員たちの間に動揺が走る。
「久瀬?」
「田中! ごめんな、急に押しかけて」
「いや、それはいいんだけど、あれお前の姉ちゃん? 何でこんなとこに来てるの?」
「あなたが一茶の友達?」
美世に突然話しかけられて、田中はビクッと体を硬直させた。
「は、はい! 弟さんにはいつもお世話に……」
「あなたが弟にノアカンパニーのゲームを勧めたのよね? 上手なの?」
「え? いや、上手かって言われると……」
「そうでもないの? だったら一番上手な人を紹介して」
どよめき始めたオタクたちの中から、一人の男が立ち上がった。
「ノアカンパニーは様々な種類のゲームを出していますが、どのゲームの事ですか?」
「FPSっていうのをやってるわ」
おお! とオタクたちの間で歓声が沸き起こった。
「だったら中村部長だ!」
「アクション、FPS、RPGのやり込み時間で部長の右に出る者はいないからな!」
先ほど立ち上がった男はつかつかと部屋の奥から歩いて来ると、美世の前で立ち止まった。全体的に体が浮腫んでいるように少し太っていたが、不潔さは感じられない見た目をしていた。
「部長の
「FPSで勝ちたいんだけど全然ダメで、教えてくれる人を探してるの。あなた、どれくらい上手いの?」
「どれくらい上手いか、というのは難しい質問ですね。勝てる時もありますし、負ける時だってあります。ただまあそれなりに長い時間プレイはしてますので、コツなんかは掴んでいるつもりです」
美世の瞳がキラリと光った。
「長い時間ってどれくらい?」
「俺は今院生なのですが、学部生だった時の最長プレイ時間が、年間千七百時間ほどだったかと」
おお! と再びオタクたちがどよめいた。
「圧倒的プレイ時間!」
「日割りで計算したら、一日約四時間だ!」
「三百六十五日休まず続けたらな!」
「素晴らしい実績だわ!」
美世は白くて綺麗な手をさっと差し出した。
「久瀬美世よ。私にゲームの極意とやらを教えてもらえるかしら」
聡史はズボンで軽く拭いた後にゆっくり手を差し出した。
「いいですよ、俺みたいなしがないゲーオタでよろしければ」
「ゲーオタ。素晴らしい響きだわ」
美世は満面の笑みを顔に浮かべた。
(何億も稼いで私たちを救う力を持った、勇者の代名詞よ!」