「やっぱ時間を操る能力って良いよねー」ハンナが言う。
「それ単品だと意外とできること限られるんじゃない?」サラが応じる。
「でも周りが止まってる間動けるって、すごいアドバンテージでしょ?」
「でも仮に十秒時間を止められるとして、相手が十秒殴り続けてもびくともしないような頑丈な奴だったらどうする?」
「そういうときこそ頭の使いどころでしょ、周りより長い時間考えられるんだし」
「長考するために時間止めるキャラって、見たことないけどなあ」
サラとハンナは雑談しながら『クォンタムブレイク』をプレイしている。ストーリーで、一周目に選ばなかった選択肢を選ぶためだ。
「実際、時間を操る能力に勝てそうな超能力ってあると思う?」
「ハンナみたいなオタクってずっとそんなこと考えてるの?」
「オタクって言うな」
「まあ、でも、そう……」サラは少し考えて言う。「……相手の超能力を奪う超能力とか?」
「X-MENでいうところのローグね!」
「うん。でも触らずに相手の力を奪えるの」
「……それは、ちょっとチートキャラっぽくない?」
「いや、実際チートキャラっぽいんだけど……仮にそういうやつと戦うとしたら、どうする?」
「そうね……まずは分析しないとどうしようもないかな……例えば相手の超能力を奪える条件とか、どこまで奪えるのかとか、一度に何人か分の超能力を奪えるのか、とか? その上で、奪われないように工夫しながら自分の力を使って……みたいな?」
「分析ね……」
サラは呟く。
私はイセキとかいう奴と戦ったとき、何一つできなかった。混乱して、逆上して、訳がわからないまま、一方的に叩きのめされた。
馬乗りになって私を見下ろすあいつの顔が、頭の中にこびりついている。それと目が合うたびに、鳩尾を抉られるような屈辱感を覚える。
自分は経験が乏しくて、相手の方が格上だったとか、言い訳にならない。私はこのままじゃダメだ。でも、どうしたら良いんだろう。
アユミはどうやって戦ったんだろう。あいつの攻撃を防ぎながら、それこそハンナが言ったみたいな分析をしながら戦っていたのだろうか。
イセキと戦うアユミを想像しようとするが、うまくいかない。本気で戦うアユミがどんな動きをするのか、イメージが湧かない。そもそもイメージの土台になる感覚経験がないから、何をどう考えていいのかもわからない。
「サラさ」
「何?」ハンナに声をかけられ、サラは我に返る。
「前の土曜日、何かあったの?」
サラはどきりとする。姉の勘の鋭いところとか、こちらの不意をついて質問をぶつけてくる感じが本当に怖い。
「何って……何?」
「泊まりに行ってから、様子が変わった気がする」ハンナは言う。「いや、アユミとその……いい感じになったのはわかるんだけど、それだけじゃなさそうっていうか。何か思い詰めてない?」
こういうときのハンナに誤魔化しが通じないことをサラは知っている。疑問系で聞いているが、彼女は何かがあったことを確信している。そして実際、その確信は当たっているのだ。
サラは真実を話すことにする――部分的に。
「悪い夢を見たんだ。あの日の夜に」
ハンナの顔色が変わる。
「……
サラは頷く。
「よりによって、泊まりに行った日に見るなんてね。それも超リアルなやつ。アユミに起こされて、やっと夢だってわかったくらいだった。アユミに言われたよ、ずっと“逃げて”って言ってたって」
「アユミに話したの?」
「……それは、事件のこと?」
「うん。聞いてもらったの?」
「ううん。話してないよ。……いつかは話すことになるのかなと思うけど……まだ準備ができてない」
「そうだったんだね」ハンナが呟く。
沈黙が流れる。スクリーンの中では、誰にも操作されなくなった主人公が研究施設の真ん中で立ちすくんでいる。
「ねえ、サラ」
ハンナはサラの目を見る。
「
サラは首を横に振る。
「覚えてない。……どうしてそれを訊くの?」
問いを返されたハンナも、首を横に振る。
「……いや、何でもないよ」
二人はゲームを再開する。画面の中の世界は、まるでさっきまで時間の流れが止まっていたことなど気にもかけていないように進み始める。