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 坂下さかした圭太郎(以下、坂下):はいどーも、『裏世界BASE』のお時間がやって参りました。私坂下と――。

 小澤春乃(以下、小澤):小澤でお送りしまーす。このチャンネルでは、オカルト、都市伝説、ホラーを中心に色んな話題について紹介していきたいと思います。よろしくお願いしまーす!

 坂下:お願いしまーす。一応こっちはサブチャンになってまして、メインは『裏世界トラベラー』というチャンネルで、心霊スポットや廃墟、いわくつきの場所の探検に行ってますんで、そちらも是非見ていってください。

 小澤:じゃあ早速、今日紹介する話題行ってみましょうか!

 坂下:はい、今日紹介するのはこちらです。


 ソファに腰かける二人が映る動画の下部にテロップが表示される。

 そこにはこう書かれている――『歌舞伎町のヴィジランテ』


 小澤:『歌舞伎町のヴィジランテ』。ヴィジランテっていうのは、自警団、犯罪者に私的制裁を加える人、っていう意味だよね。

 坂下:バットマンみたいなやつね。で、初めに言っておくと、犯罪です!

 小澤:(笑)

 坂下:それで、このチャンネルではあくまで噂の検証とか考察が目的であって、決してそういうことを推奨してるわけではないのでね。

 小澤:良い子は真似しないようにしましょう(笑)

 坂下:(笑)で、これなんですけど、視聴者さんに教えてもらったんだよね。

 小澤:そうそう、DMが来たんだよね。ちょっと読んでみましょうか。


 動画上に、視聴者からのダイレクトメッセージのスクリーンショットが映し出される。

 そこには以下のような文章が書かれている。


 坂下さん小澤さんこんにちは!

 いつも楽しく拝見させて頂いてます。

 最近気になる情報を耳にしたのでDMしました。

 お二人は歌舞伎町のヴィジランテというのをご存知でしょうか?

 女性の方がストーカー被害とか、男性とのトラブルについてSNSに書いていると、突然「力になれる」とDMが来て、依頼をするかどうか聞かれることがあるそうです。

 依頼をして、その人に困りごとについて説明すると、いつの間にかストーカーが現れなくなったり、男性から謝罪されるなどで、問題が解決するようです。

 そのアカウントはすぐに消えて、こちらから連絡を取ることはできないみたいです。

 最近になって、助けてもらった人が体験をシェアするようになってから少しずつ話題になってきていて、 #VigilanteInKabukicho #VIK みたいなハッシュタグもできているみたいです。

 一体どんな人がやってるんでしょうか?謎すぎて気になります。


 小澤:これ、謎だよね〜。

 坂下:ね〜。でもね、これハッシュタグ検索したら本当にあったんですよ。それで、何人かと実際ちょっと連絡取ってみたんです。そしたら、具体的な内容はここでは言えないんですけど、どうやら本当らしい。

 小澤:最初二人でさ、自作自演なんじゃないの、とか言ってたんだけどね。






 何が自作自演だよ、と青野純人は笑う。

 本当に決まってるだろ。俺がやってるんだから。

 俺が『歌舞伎町のヴィジランテ』なんだよ。


 青野はSNSや動画サイトをまめに確認するようにしている。次に助ける人を探す必要があるし、自分がやっていることの評判も気になる。

 このYoutube動画も、いつものようにSNSを巡回しているときにたまたま見つけたものだ。投稿したYoutuberについて調べると、元々『裏世界トラベラー』というチャンネルで心霊スポットのロケなんかをやっているらしい。派手な心霊現象は出てこないが、メンバーの恐怖がリアルに伝わってくるような演出と編集で、ホラーファンの間で少しずつ人気が出てきているようだ。

 サブチャンネルの『裏世界Base』が開設されたのは数か月前で、こちらではオカルトや都市伝説にかすってそうなものは何でも話題にする方針らしく、最近だと漫画の『呪術廻戦』の考察なんかもやっていた。

 青野の活動がこんな形で紹介されたのは初めてだった。半年弱、手弁当で細々と活動していたが、我ながら有名になったものだなと思う。






 小澤:どうやってトラブルを解決してるかだよね。

 坂下:いや、これ俺ね、どこまで喋っていいのかわからない(笑)

 小澤:(笑)

 坂下:一つ言えるのは、やっぱストーカーとか、こういうトラブル起こすやつって、一筋縄でいくイメージはないじゃん。だからその……普通にお話し合いして、ていうふうに解決してるかっていうと、実際それはどうなのかなって感じがするんだよね。

 小澤:話して解決するなら、そんな困ってないもんね。

 坂下:でしょ? じゃあ一体何をどうやってるの、て話だよね。

 小澤:知りたいような、知るのが怖いような……だよね(笑)

 坂下:これは次の話にも関わってて、その『歌舞伎町のヴィジランテ』が単独犯なのかどうかっていうのも俺は考えてて。

 小澤:一人じゃないかもってこと?

 坂下:俺はそれは普通にあり得ると思ってるんだけど。

 小澤:例えばチームでやってるとか?

 坂下:そうそう。それか、明確なチームって形ではないにせよ、各々が相談しあって、少しずつ協力しあうような形とかさ。ターゲットの情報調べるやつ、現場で相手するやつとか。で、その緩い連合みたいものの人格として、『歌舞伎町のヴィジランテ』があるんじゃないかっていうね。

 小澤:確かにね……全部一人でやってたら、超人じゃんってなるよね(笑)

 坂下:そうそう。アメコミのスーパーヒーローかよっていう(笑) だから、俺は複数人説を推すかな。






 外れ。“超人”の方が正解だったな。

 青野は一人でニヤリと笑う。

 まあ普通は考えないよな――俺みたいな超能力者がいるなんて。

 青野が“力”に気づいたのはちょうど半年ほど前だった。せっかくなら何か世の中のプラスになることに使いたいと思って始めたのがこの活動だったのだが、これがなかなか面白い。

 ターゲットの居場所を探すのは容易かった。普通の人間には登れない場所に移動したり、そこから周りを観察したりできるので、例えばストーカー野郎の発見や尾行はお手の物だ。それに、ターゲットのSNSか何かの情報――それは多くの場合依頼人から教わる――があれば、念じるだけでそれと紐づいている情報が“視えてくる”のだ。どうやっているかは自分でもわからない。ただ、今のところそれで間違ったことは一度もない。

 ターゲットに言うことを聞かせるのはもっと容易かった。“力”を込めれば自分の体は仮面ライダーに変身したみたいにパワフルになった。その気になれば〈念動力〉で周りのものを浮かせたり放り投げたりできるのだが、そこまでやらなくても、組み伏せるだけで相手は全員抵抗を諦めた。

 己の過ちを認めたターゲットに、迷惑をかけた依頼人への謝罪文と、慰謝料の金一封を用意させて、街への出禁を宣告する。そして依頼人のもとに、こっそり手紙と金を届ける。そこまでが仕事だ。

 一つ仕事をこなすたびに、確かな充実感がある。自分が、それこそスーパーヒーローになったような、痛快な気持ちさえ覚える。これは何物にも代えがたい。






 坂下:今すでに話題になりつつあるわけだけど、この『歌舞伎町のヴィジランテ』の話題が今後どうなっていくか。

 小澤:私的に気になってるのは二つあって、一つは模倣犯。

 坂下:あー、確かに。

 小澤:絶対こういうの、流行りだしたら真似する奴が出てくるじゃん。そういうのがエスカレートしないかっていうのが心配。

 坂下:みんなやりだしたら、収集つかなくなりそうだよね。

 小澤:それでそうなったら、絶対詐欺みたいなのを考える奴が出てきそう。それが二つ目。

 坂下:あーわかる。解決してあげますよ、だからこの口座にお金振り込んでください、みたいなやつね。

 小澤:そうそう。こういうストーカーの被害に遭ってる人とか、男の人とお金のトラブルに巻き込まれてる人とかの心理状態って、すごい追い込まれてると思うの。生活の中でずっと怖い思いしてるのに、まだ事件になってないから警察も本格的に動いてくれないし、みたいな状況でさ。で、追い込まれてるときって、何でもすがりたくなるじゃない? そういうのに付けこむ詐欺師とかが出てこないかな、ていうのが気になるかな。

 坂下:いそうだもんね、そういう奴。

 小澤:そう。そんな感じで、この件は、引き続き当チャンネルでも注目していく感じかな。

 坂下:そうだね。何かご存じの方は、Youtubeのコメント欄に書き込んでいってください! DMも受け付けております!

 小澤:それではまた次回、『裏世界Base』でお会いしましょう!






 なるほどね、と青野はスマートフォンのスクリーンを眺めながら呟く。

 模倣犯とか詐欺とかの発想はなかった。注目されるとそんな問題も増えてくるんだな。

 それならいっそ、自分から情報発信しちゃうか?――脳内に一瞬浮かんだその考えを、青野はすぐに打ち消す。

 そんな野暮なことをしたら、謎が謎じゃなくなってしまう。

 『歌舞伎町のヴィジランテ』は、謎で、奇怪で、大勢の人間を巻き込むような存在じゃなきゃ駄目だ。

 模倣犯? 大いに結構。逮捕されても責任は取らないが。

 詐欺? やれるものならやればいい。俺がそいつを成敗すればいい。

 混乱の中、やがて『ヴィジランテ』は伝説になる。

 実物のない噂話や都市伝説じゃない。本物の伝説に。リアル“洒落怖”になるんだ。

 実在しない口裂け女に、八尺様に、スレンダーマン。

 実在する、俺。


 そんなことを考えているうちに、青野は愉快な気持ちになってくる。そしてまた仕事がしたくなってくる。

 ちょうど一件DMのやり取りをしているところだった。依頼人の女性はホストから多額の借金を負わされ、肉体的、精神的な暴力を振るわれているらしい。相手のターゲットの居場所や行動パターンについては、あらかた捕捉してある。

 今晩当たり、狩りに行くか。

 青野はガイ・フォークス・マスクを手に取る。『V・フォー・ヴェンデッタ』という映画で見て、格好良いなと思ったからこの仮面を選んだ。V・フォー・私刑人ヴィジランテ。良いじゃないか。

 家を出た青野は“力”を発動させ、アパートの屋上に飛び上がる。ターゲットが活動している方向の見当をつける。

 ターゲットを気の毒とは思わない。弱い者を虐げてる奴が、今度はもっと強い者に虐げられるだけだ。

 上には上がいるということを教えてやろう。

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