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4 - 7

 杏子と颯介は並んで夜の路地を歩く。

 決まったルートも目的地もない。何となく、人通りの少ない方を選んで進む。

「訊いていい?」颯介が口を開く。

「何?」

「神前と戦ったとき、どんな感じだった?」

「え……またあの“変顔”の話するの?」

「“変顔”呼ばわりかよ」颯介は吹き出して笑う。「いや、ずっと訊きたかったんだけどさ、さすがに店の中じゃ話せないだろ?」

「まあ、うーん……」


 杏子は顔をしかめる。上手くやれなかった仕事の話をするのは気が乗らない。ただ、そういうときこそちゃんと振り返った方が良いのだということもわかっている。少し悩んでから、話し始める。

「何から話そうかな。……まず神前の“力”だけど、基本は多分何かのエネルギーをまとめ上げて実体化させるものかなと思う。それで、オーロラみたいに光る“矢”や“杖”を生成して戦うスタイルだった」

「それだけ? お前が苦戦する要素なくない?」

「その“矢”が曲者でね……物理的な破壊力に加えて、神経毒みたいに触れた場所から身体のコントロールを奪っていく効果がある。感覚的には〈催眠〉に近くて、それが局所から作用する感じ。多分、エネルギーの中にそういう仕掛けが構造化されてるんだと思う。コンピュータウイルスみたいに」

「それ、返せなかったのか?」

「“矢”は投げ返せたけど、違和感が残った。すごい強力だったよ。並の超能力者だったら多分一、二回“矢”に触れただけで操り人形みたいにされる」

「杏子に効く“力”があったんだな」

「私自身驚いたよ。……神前は、本来は“搦め手”で戦うタイプだと思う。安全な場所から“矢”を当てたりしながら少しずつ相手のコントロールを奪って、最終的に〈催眠〉で詰み、みたいな。でも私が“矢”を投げ返すのを見て、その戦略がワークしないと判断した。それで、より肉弾戦的なスタイルに変えた。その上で、戦いながら色々実験してた。私の“力”の弱点を探るために。そういうことができる超能力者の相手をしたことなかったから、怖かったな」

「やっぱそいつ、戦い慣れてそうだな」

「うん。……私自身、警戒はしてるつもりだった。でも今になって思うと、そんな奴と戦う準備が整っていなかったのかも」

「次やったら勝てる?」

「どうかな」杏子は肩をすくめる。「前よりは上手くやれると思う。……神前は私の攻撃を観察して反応してた。カウンター狙いみたいな感じで。そういうタイプの奴に、私は自分から仕掛けることで、情報を与えすぎたと思う。手を出さずにプレッシャーだけかけて、相手に先に攻撃させるくらいの方が良かったかもね」

「じゃあリマッチやるか」

 颯介はふざけてファイティングポーズを取る。

「いやいやいやいや」杏子は手を振る。「“もしやるとしたら”の話だからね? でもやらないからね?」


 言いながら二人で笑う。杏子は少し、引っかかっていたものが解消された気がする。改めて語ることで、神前の凄さも、自分の改善点も、すっと認められるようになったような気がする。嫌な思い出だったが、話して良かった。

 笑いが落ち着いてから、今度は杏子が颯介に訊く。

「颯介くんは、超能力を使っているとき“別世界”みたいなものを感じたことはある?」

「“別世界”……ああ、前言ってたあれ?」

 杏子は事件の顛末について颯介に報告するとき、自分が引きずり込まれそうになった“別世界”についても簡単に記載していた。

「あれ読んでから考えてみたけど、俺には見当もつかないな」

「私も、神前がそれを見せるまで、全く意識したことがなかった。……多分、実際に体験しないとわからないと思う」

「俺ら超能力者は、その“別世界”から“力”を引っぱってきてるってことなんだよな?」

「多分、ね。それで“別世界”側をこっちの世界に近づけることで、大量の“力”を操れるようになる」

「でも、普通は“別世界”の中に身体ごと入ることはできない。……ややこしい話だな」

 杏子は相槌を打つ。

「本当だよね。でも、それを使ってくる奴がいる以上、対処できるようにならないと」


 んー、と呟き、少し考えてから颯介が言う。

「じゃあ、神前に教わればいいんじゃね?」

「え゙っ」

「何だその顔」杏子の顔を見て、颯介は吹き出す。「え、そんな嫌かよ?」

「嫌っていうか……怖くない?」

「それは危険っていう意味?」

「というより……ツレとバーベキューしてるところとか」

「そこ!?」颯介は大笑いする。「お前、陰キャラかよ!」

「私ヤンキー苦手」

「ツレとバーベキューしてるからってヤンキーとは限らないだろ!」

「それはそうだけど、だとしても神前ってガラ悪そうじゃない?」

「そんなでもないだろ……てか、それを言い出したら、俺だって大概ガラ悪そうって言われるけど、俺は大丈夫なの?」

「颯介くんは、慣れたというか……仕事だし」

「じゃあ神前と会うのも仕事と思えば?」

「……それなら何とかなる、かも」杏子はため息をつく。「いや、まだ会うと決めたわけじゃないよ? でも、最後の手段として、ね。……向こうには死ぬほど嫌がられると思うけど」

 颯介はというと、そんな杏子を見てずっと笑っている。

「そんな笑う?」

「ごめんごめん……あー、腹痛てぇ」


 颯介は何度か大きく息を吐いて、笑いを落ち着ける。

 そうすると、一気に静かになる。喧騒の残響を遠くに感じる。

 店を出てからどれくらい歩いただろうか。繁華街からまだそこまで離れていないはずなのに、別の世界のように感じる。

 二人は自動販売機でコーヒーを買い、歩道の横断防止柵に腰掛ける。

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