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4 - 10

 自分の罪を認めようとしないホスト野郎に対して、青野は苛立ちを覚え始めていた。

「椿くん、さあ」青野はへたり込んでいるそいつに呼びかける。「それとも本名の正田まさだ順平くんって呼んだ方が良い?」

 ターゲットに話しかける時は、声色を落とし、吐息の混じったような話し方にしている。最初は芝居がかった感じが照れ臭かったが、慣れてからは演じることに快感を感じるようになってきている。


「だから、俺はそんなこと誰にもやってないって、言ってるじゃないですかぁ!」

 正田は繰り返す。顔中の汗と涙と左頬のビンタの跡のせいで甘いマスクが台無しだ。セットした髪は寝癖のようにぐしゃぐしゃになっている。袋に押し込んで、この場所――雑居ビルの屋上まで運んだ時に乱れたのだろう。

「お前がやったこと、ぜーんぶ聞いてるんだよ」青野は囁きかける。

「誰にですか? 誰か言ってくださいよ、俺そいつと話すんで」

「それは言えないな、依頼人を守らなくちゃいけないから」

「そんなの滅茶苦茶じゃないですか!」

「滅茶苦茶なのはお前がやったことだろ。女の子が注文もしてないボトル勝手に開けて、売掛金で借金負わせて、風俗で働かせて? おまけに金がないって分かったらキレて非常階段から蹴り落としたんだろ?」

「いや、やってねえんだって!」

「え、罪悪感ないのか? 自分でヤバいって思わないのか?」

「だから違うんだよ!」

「恨まれることを想像できないのか? よく夜道とか歩けるよな」

「俺じゃねえって、もう!」正田は顔をくしゃくしゃにして泣き出す。

「お前じゃなきゃ誰なんだよ」

「知らねーっ!」


 青野は半ば自暴自棄になっている正田を見て一瞬笑いそうになるが、すぐに嫌悪感がそれを上回る。

 こいつに自白させないと負けな気がする。

「往生際の悪いやつだな」

 青野は正田の襟付きシャツの胸ぐらを掴んでひょいと持ち上げる。〈身体強化〉しているので、発泡スチロールでできているみたいに軽い。

 そのまま屋上の縁に立たせる。柵はない。正田は青野の腕を両腕で掴み、一度地上を見下ろしてから青野の顔を見る。

「やめ、やめろっ、やめて下さい!」

「じゃあ、正田くん、もう一度訊くよ」

「俺のこと信じて下さい! お願いしますっ!」

 青野は正田の身体をぐっと押して仰け反らせる。

「俺が手を離したらどうなるかわかるよな?」

 正田は屋上の縁で足を踏ん張るが、重心は完全に屋上の外にある。

「頼むから許して下さい!」

「じゃあ本当のことを話せよ」

「だからさっきから言ってるじゃないですかぁ〜!」

 正田は泣きじゃくる。

「そういうのいいから」青野は努めて冷静に言う。「もう一度訊くぞ。お前――」




 その瞬間、肩口に何かが触れたかと思うと、気づいたときには屋上を転がっている。遅れて衝撃を実感する。今まで体験したことのない力で、後ろに引きずり倒された。

 青野はすぐに起き上がり、周囲を見回す。

 自分が元々立っていた辺りに人影がある。

 そいつは正田の腰を支え、落ちる危険のない場所まで誘導する。

 腰が抜けた正田を座らせると、すっと立ち上がりこちらに向き直る。


「伊関杏子といいます。今何をしてたのか、話を聞かせてもらえませんか?」

「……は?」

 青野は頭の整理が追いつかない。こいつ、いつの間にここにいたんだ? 話って、何の話だ?

「あなた、超能力使えますよね。警察から委任を受けて超能力者の犯罪を取り締まるのが私の仕事です。協力お願いできませんか?」

 訳がわからないなりに合点がいく――そうか、この女も超能力使えるのか。だからいきなり現れて俺をぶん投げたのか。――いやでも、なんで俺が狙われなきゃならないんだ? 犯罪……って何だ?


 イセキと名乗った女が小首をかしげる。

「話聞いてますか?」

 混乱と、正田とのやり取りで溜まった鬱憤が、青野の判断を誤らせる。

「お前には、関係ないだろ!」

 〈念動力〉を発動させて、女を捉える。

 相手も超能力者なら、本気出してもいいだろう。全力でこいつを投げ飛ばす――。

 次の瞬間宙に浮いていたのは青野の方だった。

 女の目の前まで吹っ飛ぶ。そいつと目が合う。

 暗転。

 ――気づけばどうやら仰向けで横たわっているようだ。左頬にバーナーで炙られるような感覚が残る。全身が痺れてうまく動かない。

 涙で霞む視界の向こうに、こちらを見下ろす女の姿がある。

 いや……ちょっと。

 どういうことだ、これ。

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