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「まだ取り込み中か」

 颯介が戻ってくる。

「もう終わる」

 杏子は青野から連絡先と現住所と実家の住所を聴取したところだった。差し当たり、もう用はないはずだ。

 立ち上がる杏子に、再び青野が声をかける。

「もう一つだけいいですか。……何で俺の場所がわかったんですか?」

「感覚です」杏子が答える。「超能力者は他の超能力者が“力”を使うのを感知できる。……逆を言えば、“力”を使えば他の超能力者にバレます。世の中上には上がいますし、私よりタチの悪い超能力者もいますから……まあ、使うのはやめた方がいいですね」

「その感覚って、俺にもわかるようになりますか?」

「あなたには関係ないはずです。もう“力”は使わないんですから」

 そう言うと杏子は青野に背を向ける。


 代わりに青野に声をかけたのは颯介だった。

「お前さ、本当に一人か?」

「一人っすけど……」青野はおずおずと答える。

「そうか。……杏子は、何も感じないか?」

 杏子は颯介の言葉の意味を探る。他の超能力者の存在を疑っている? ……他の“気配”……?

 意識して初めて、違和感に気づく。

 確かに、まだ他に“何か”がある。感じたことのない“気配”が。

 すぐそば、ではない。離れた場所から聞く波音か何かのような……。


「あそこのビルじゃないですか」

 青野が指を差しながらぼそりと言う。

「何でわかった?」その方向を見やりながら、颯介が訊く。

「いや、わかったっていうか、勘なんですけど……」

「勘?」

「……俺、あそこに入ってから“力”に目覚めたんです」

 杏子と颯介は青野を見る。

「あそこ廃墟なんです。半年前くらいに肝試しに入ってから、頭がおかしくなって……」

「頭がおかしくなった?」杏子が聞き返す。

「なんか、全然上手く説明できないんですけど、感じ方全てに違和感が出てきたんです。見えるものも、聴こえるものも。ネットで調べたら統合失調症とか書いてあって、でも診断されるのが怖くて病院に行けなくて、大学も休んで家に引きこもってました。一、二週間くらいで治ってきたんですけど……気づいたら“力”が使えるようになってました。それでなんか、大学戻りづらくなって、こっちの活動メインになってましたね……」


 杏子はもう一度、その廃墟ビルの方に意識を集中させる。微かにその方向から“気配”が漂ってきているように感じる。青野が“力”を得たことと関係しているかはわからないが……そこに何かがある気がする。

 颯介に提案する。

「行ってみない?」

「行ってみるか」颯介が応じる。

「あの、俺は……」青野が口を挟む。

 杏子が答える。

「帰って休んでください。それで明日から学校に行って下さい」






「あー、面倒くさかった……」屋上づたいに目的地のビルに移動しながら杏子が声を漏らす。

「お疲れさん。正田さんの方、〈催眠〉かけて記憶整理しといたから」

「ありがとう。……そっちは意外としっかりした人だったよね」

「なあ。しかし気の毒だった」

「気の毒だったね」

「……これさ、俺ら食後で良かったよな」

「本当にそれは思う」

「もしメシ食ってる最中だったら、青野の顔面、ビンタの代わりにグーでいってただろ?」

「いや、こうだね」

 杏子が親指で首を掻っ切るジェスチャーをすると、颯介は大笑いする。


 ビルを飛び越え、目的の廃墟に近づくたびに、杏子は少しずつ“気配”が濃くなるのを感じる。

 同時に、既視感が芽生える。これと似た“気配”を、どこかで経験している。

 “気配”は、廃墟の隣のビルまで接近した時に最大まで達する。

「やっぱり、ここから感じるよな」

 颯介が言い、杏子は頷く。

 それは六階建ての雑居ビルで、そこそこ広めの敷地面積がありそうだった。新宿にこんな大きな廃墟ビルがあったとは、と杏子は思う。

「人、じゃないよな」颯介が言う。「何というか……使い手のいない“力”そのものが漂ってる感じがする」

 “力”そのもの――。

 その言葉を聞いた瞬間、杏子は既視感の正体に気づく。

「――“別世界”だ」

 神前が出現させ、私を引きずり込んだ、あの空間。奔流のように駆け巡る“力”の世界。

 あれが、そこにあるのを感じる。巨大な渦潮のそばを泳いでいるような感覚。


「“別世界”……あのビルの中、全部そうなのか?――いや、そんな感じがするな」

 颯介の表情が険しくなる。感覚を研ぎ澄ませているのがわかる。

「颯介くんは、ここで待ってて」杏子が言う。「私はもっと接近して、何とかできないか試してみる」

 廃墟ビルに跳躍しようとした杏子の腕を颯介が掴む。

「駄目だ、危険すぎる」

「神前はあの“別世界”を消した。だから、やり方はあるはず」

「お前はそれを知らないだろ。……それに、もしあの中に飲み込まれたらどうする? 動くこともままならないんだろ?」

 杏子は言葉に詰まる。

「お前さ……本当はどうするべきかわかってるだろ。他に選択肢がないことも」

 颯介に言われ、杏子はため息をつく。

「……わかってるよ。……神前に応援を頼もう」

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