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4 - 15

 亜由美は伊関こいつが来ないことに腹を立てていたが、来たら来たでげんなりとした気持ちになる。もう会わずに済むかと思っていたのに。まだ一週間も経ってないのに顔を合わすとは。


「颯介くんさ」伊関はしかめ面をしている。「一緒に行くって言わなかった?」

「悪いな。でも先にちょっと一対一サシで喋ってみたかったんだ」颯介はそう言って笑う。

「そう……一対一サシの会話は楽しめた?」

「おう。大体の情報は伝えた」

「え……もう話したの?」

「アイスブレイクもそこそこに、本題に入る流れになってな」

「そんな早く打ち解けたんだ?」


「どこがやねん」亜由美が勢いよく割って入る。「打ち解けてないでしょ、どう見ても。ていうかアイスブレイク一切なかったですやん。ブレイクせえよアイスをって話ですよ」

「いきなり本題に入るよう言ったのは神前さんだろ?」庵原が反論する。

「それもそうか……まあ、仲良く世間話するつもりなかったですからね」

「こんな感じだわ」庵原は伊関に振る。

「こんな感じ、って言われても、困るんだけど……」


「困ってんのはこっちなんですけど?」亜由美は伊関に食ってかかる。「せっかく人がゆっくり弁当を味わってんのに、二人して変なのに邪魔されて……まだ半分も食べてないですよ?」

「あっ……そ、そうですよね……」伊関は申し訳なさそうにする。「私は別に気にしませんので、食べながら話を聞いてもらっても……」

「いや、この状況で一人だけ弁当食ってる方がおかしいでしょ。どんだけ腹減っとんねんってなるじゃないですか。『はらぺこあおむし』か!って」

「……『はらぺこあおむし』はお弁当は食べてないんじゃないですか?」

「いや、そこ引っかからなくていいんですよ」亜由美は苦笑する。「ふざけて言うただけなんで。あの絵本の作中で何食ったかっていうのは重要じゃないです。刺身の上のタンポポみたいなもんです」

「……あれはタンポポじゃなくて食用菊では……?」

「だからそこ引っかからなくていいんですって!」

「息ぴったりだな」颯介はくすくす笑いながら言う。

「どこがやねん!」亜由美がツッコむ。


 伊関がぱんっ、と手を叩く。

「はいっ、話を本題に戻しましょうっ」

 え、自分が話脱線させたんちゃうん……と亜由美は内心思うが、面倒臭いので黙っておく。

「神前さん、庵原の方から大体聞いたとのことですけど……」

「はい。昨日夜、新宿区内の廃墟ビル内で異常な空間が見つかった、それの対処法を教えてもらいたい、ですよね?」

「その通りです。何か質問などありますか?」

「……いえ。それ以上は行ってみないとわからないですよね」

「わかりました。いつにしますか?」

「早い方がいいですよね」

「ですね」

「ただ私も準備とかあるし、今すぐは厳しいです」

「今日の夜は?」

 今日の夜、か――亜由美は頭を抱えたくなる。

 確かに、話の流れ的にはそうなるよな。

 ただ、今日の夜は先約がある。


「……難しそうですか?」伊関が訊いてくる。

 サラとの約束を破りたくない。サラをがっかりさせたくない。

 でも――亜由美の直感が告げる――あの写真のビル、あの中に本当に〈境界空間リミナル・スペース〉があるとするなら、放置するには気色が悪すぎる。

 デートを延期しても、サラの命には別状はない。〈境界空間リミナル・スペース〉を放置して、もし誰かがそれに触れたら、死ぬ。

 別にこいつらに協力する筋合いはない。超能力がらみとはいえ、自分と関係のないところで起こっている問題に首を突っ込む道理はない。でも、私が無視した〈境界空間リミナル・スペース〉で他人が命を落とすのは、想像しただけで寝覚めが悪い。


 亜由美は決心する。

「今日の夜、行きましょう」

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