これは、全力でフードロスと戦う男と、大食いなくっころさんの物語である。
◇◇◇
「あーあ、こんなに売れのこっちまった。
今日も廃棄かあ……」
深夜、繁華街の路肩でぼやく、ハンバーガー移動販売車の男がひとり。
都心ではあるが、すでに終電も近く歩道を歩く人は少ない。
男の年の頃は三十路前後、一般的な男性よりは少々体格がよく、コンビニ店員よりは強盗に襲われにくそうな面相だ。
彼の目の前には、カラフルな包装紙にくるまれたハンバーガーの山があった。
パティから手作りをしている自慢のハンバーガーだが、コワモテのせいか客が寄り付かず、常連はわずかだった。
これ以上待っても売れないだろう、と諦めた男は、レジに鍵をかけると、車を降りた。そして、近くの公園に歩いて行き、ブルーシートの小屋の中へ声を掛けた。
「おう、まだ起きてるかい?」
ごそごそと物音がするので住人は起きているのだろう。まもなくシートの切れ目から老人が顔を出すと、ぺこりと頭を下げ、
「こりゃ旦那、わざわざ来てもらってスマンです」
「調子悪そうだな。どっか具合悪いのかい? いつもの時間に顔見せに来なかったから気になってな……」
「ちょっと風邪気味なだけ、すぐ治りますよ」
「そつぁいけねえな。ちょっと待ってろよ」
男は顔なじみのホームレスの住処を離れ、足早にキッチンカーに戻ると、ダッシュボードから薬の小袋を数個取り出し、調理台の上に置いていたレジ袋を掴んで再び公園へと向かった。
「じいさん待たせたな。食後にこいつを飲んでくれ。回復しなかったら、週末に来るボランティアに相談しな。あとこいつも食ってくれ」
男は老人に薬とレジ袋を渡した。
持って来たレジ袋の中身は、売れ残りのバーガーが10個ほど。
「新作なんだ。あとで感想聞かせてくれよ。じゃあな、良く寝ろよ」
「いつもありがとうございます、旦那……」
「気にすんな。お互い様だ」
深々と頭を下げる老人に軽く手を上げて応える男。
彼は足早にキッチンカーに戻り、店じまいをして帰路についた。
◇
「自信作なのに。食えば旨さが分かるのによう……」
恨めしそうにぼやく男。
ハンドルを握る手に力がこもる。
あまりの悔しさのためか、どうやら道を間違えたらしい。
いつしか周囲は霧がたちこめ、対向車すら見えない。
「あんれ……おかしいな。ここどこだ?」
霧を抜け、気付くと車はまるで知らない場所にいた。
実際に走った時間は小一時間程度である。
都心から行ける距離に、こんな場所はない。
――未舗装の道と、広大な原っぱ。遠景に山が連なる。
――深夜のはずが、なぜか早朝か夕方だった。空が赤い。
「ハハ、あんまり売れなくて、とうとうおかしくなったか……俺」
男は車を停めて、珈琲を淹れ始めた。
己を落ち着かせるために。
キッチンカーの脇に、折りたたみのテーブルと椅子を出す。
販売場所が広いときのみ使用している什器だ。
「ふー……。旨い」
男は自分用に保管していた上等な珈琲豆を淹れた。旨いに決まっている。
バーガーショップで飲むような品質ではない。
いずれは海辺でカフェでも開いて、サーファー相手に旨いバーガーとコーヒーを提供したいと思っていた。しかし、その夢に手が届くのはいつの日か。
さっきの霧のように、先は見通せない。
(えらく田舎に来ちまったようだが、家のひとつもないとは……)
男がぼーっと原っぱと空を眺めていると、そのうち太陽が昇ってきた。
どうやら赤い空は朝焼けだったようだ。
一杯目のコーヒーを飲み干した男が二杯目を淹れようと思った矢先、背後から誰かに声を掛けられた。
「おい……そこのお前、く、食い物はあるか」
「へ?」
――人が近づいてきた気配はなかった。
いや、自分の頭がボケていて気づけなかっただけか。
顔を上げると、そこには若い女が立っていた。
白人の女だ。
美人だが、なにか切羽詰まったような顔をしている。
「食い物? 腹、減ってるのか」
見れば女は西洋の鎧を纏い、剣を帯びている。
日本語を話しているようだが、なにかの撮影中だろうか?
しかし撮影スタッフらしき者は見当たらない……。
「お前のその大きな小屋の中から、食べ物の匂いがする。
隠すとためにならないぞ! さあ、出せ!」
騎士のような姿ではあるが、言動はまるで追いはぎだ。
女はすらりと剣を抜くと、折りたたみ椅子に座る男に突きつけた。
相当飢えているのか、鬼気迫るものがある。
だが男は多少驚いただけ、落ち着いたものだ。
多少の荒事には慣れているのだろう。
「おいおい……強盗かよ。わーったわーった。いま出してやるから座れ」
男は立ち上がると、今まで自分が腰かけていた椅子を女に勧めた。
女は男を睨み付けながら剣を収めた。
しかし男の勧める椅子に腰掛ける気はなさそうだ。
――まあ、ゴミになるよりゃあマシか。
この際、食ってくれるなら何でもいいさ。
そう思いながら、男はキッチンカーのステップを昇っていった。
◇
男はエプロンを身に付け、キッチンで手早く残り物のバーガーをレンチンし、
淹れ立てのコーヒー持って車の外に出て来た。
相変わらず女は突っ立ったままだったが、男が本当に食事の用意をしてくれたのを目の当たりにし、険しかった表情はすっかり緩んでいた。
「うちの店の余り物なんだが、それでよければ食えよ」
そう言って男は、女の目の前にバーガーとコーヒーの乗ったトレーを置いた。
くんくんと匂いを嗅ぎ、バーガーの包みを手に取ると、不思議そうに表にしたり裏にしたり、と眺めている。
「これは食べ物……なのか? どうやって食す? 肉の焼けた匂いはするが……」
男はバーガーを一つ手に取り、
「こうやって紙を広げて、両手で持って、かぶりつく! やってみ?」
「こう……か? あーむ……」
次の瞬間、バーガーが半分、女の口の中に消えた。
「ん、んん、んんん――――――ッ!?」
大きく目を見開いた女は、男に何かを訴えようとしていた。
だが言わずとも分かる。
旨かったのだ。
女はモリモリと咀嚼しゴクリと飲み込むと、またガブリとかじりついた。
そして、ものの三、四口でバーガーひとつを平らげてしまった。
「んー! んー! んー!」
「旨いか?」
うんうん、と頷きながらコーヒーの紙コップを掴んでぐいっと飲み干そうとした。
が――
「あうッ! あつ! あっあっ! げほげほげほ!」
「いきなり熱々のコーヒーを煽るやつがあるか。水持って来てやるから座ってろ」
涙目になりながらも座るのを拒否する女。
そこは抵抗するところなのか? と思いつつ、男はキッチンへ水を汲みに行った。
「ううう~~、うう~~~、けほ、ううう……」
男が車から降りてテーブルの上に水を入れた紙コップを置くと、
「ほれ、水だ。飲め。そして落ち着け」
女は若干むせながら、出された水をすべて飲み干すと、
「めんぼくない……」と申し訳なさそうに呟いた。
「いいから、座って食え」
「あ、ああ」
落ち着いた女は、ようやく椅子に腰掛けた。