男たちが翼竜襲撃現場に戻ってみると、オッサンは奇跡的に無事だった。
横転した馬車は思いのほか傷は浅く、なんなら女がド突き回したダメージの方が大きかったくらいである。
「おーし、馬車起こすぞ~。せーの!」
男の号令で、一斉に倒れた馬車を四人で起こした。
最初は三人で起こそうとしたのだが、オッサンの重量のせいか車体が動かなかったのだ。そのためオッサンを馬車から引っ張り出し、作業を手伝わせたのだった。
「やはり人海戦術は正義だ」
起こした馬車を見ながら、男は腰に両手を当てて、ウンウンと満足そうにうなずいた。
「なにやり切った顔してるんだ。早くこの外道に質問しろ。そして旨いものを用意させろ」
女はオッサンが逃げ出さないよう、ロープで彼の両手首を縛っている。
「ああ、そうだな」
男はオッサンの前にウンコ座りをすると、質問を始めた。
「な、なんでも答える! だから殺さないでくれ! 聞きたいことは何じゃ?」
「まず一つ目。どうして俺がどこへ行こうとしたと尋ねたんだ?」
「それか。一目で異界人だと分かったが、こんな僻地に現れることはないのじゃ。それゆえ、何か特殊な用向きで参ったのではないかと思い、行先を尋ねたのじゃよ」
「それを聞いてどうするつもりだったんだ?」
「それは内容如何じゃな。わしの利となるなら手助けをし、障りとなるなら邪魔をしようと思っておった」
「わかりやしーな。ちなみに、異界人はどのくらい珍しいんだ? 異界人には何が出来る? 何故俺達はこの世界の人間に利用されるんだ?」
「そ、そんなにいっぺんに聞かれても困る。もしかして、……お主はこちらに来たばかり、なのか?」
「おお。右も左もわからねえ。だから聞いてる」
「貴様にこの男は渡さぬぞ、外道」
「姐さんはちょっと静かにして。オッサンが話しづらいでしょ」
「すまん」
(まってまって、渡さないってどういう意味だ? いや今はそれより――)
結局、オッサンも異界人のことはあまり詳しくなく、権力者なら皆欲しがるような力や知識、技術、あるいは神のギフトを持っているらしい、という程度の情報しか得られなかった。
しかし、ただのバーガー屋の店主でしかない男は、己にはそのような特殊な能力は何もないことを告げるが、オッサンは信用しなかった。
「たしかにこの男、料理は上手いが、他に取り柄などなかったぞ。期待して損したな、外道よ」あまり嬉しくないカンジの助け舟を出す女。
「じゃが、渡さぬと言っておったではないか! 何かあるのじゃろう?!」
「この男の料理をもっと食べたいだけだ。他意はない。そうだ、そのトカゲでも料理させてみればいい」
「え、ちょっと待ってくれよ。そいつ食ったことないし、どう調理すればいいか知らんぞ俺」
「え~、ダメなのか? やれるよな? な?」
女の頭は、既に焼けた肉のことで一杯のようだ。
「おめーが食いたいだけだろ、姐さんよ」
「お主、料理人だったのか」
「まあそうだけど。しかしトカゲなんてなあ。というかまだ生きてるじゃねえか。そいつ食っちまったら帰りはどうすんだよ」
「わしは歩くのは御免じゃ。他のものにならんか?」
トカゲ料理が遠のいたのが残念なのか、女がうなだれてしまった。
「そういや、オッサンはこれからどこに行くつもりだったんだい?」
「視察を終えて屋敷に戻るところじゃったよ」
「ここからどのくらいあるんだ」
「馬車で半日くらいかの。まあ牽き手が半分になってしまったから、もう少々かかるかもしれぬが……」
「じゃあ、これからオッサンちに行こうぜ。それなら食材もたっぷりあんだろ」
「え~……、まあ、そういうことなら、ついていってやる」
オッサンは激しく頭をシェイクしながら何度もうなずき、食材アピールをする。
「ほんじゃ、ゆっくり行きますかー。トカゲ君も一匹しかおらんからな」
「では先導します」と御者。オッサンはそそくさと馬車に乗り込んだ。
「姐さんは助手席な」
「?」
男は助手席のドアを開け、女に座るよう促したのだが。
「なんだここは、狭すぎる! 剣も引っかかってしまうじゃないか。他に乗れる場所はないのか?」
「しょうがねえなあ。じゃ、後ろはどうだ?」とキッチンの方を指差す男。
「あの乗り心地は最悪だ。断る!」却下らしい。
女は、ふ~~~む、と唸りながらキッチンカーを一回りすると、
「屋根がいい」
「上か? ……まあ、ゆっくり走るから、落ちはしないか。
じゃあ、気を付けて乗れよ」
「うむ」
女は上機嫌で、器用に荷台の屋根に上ると、ゴロリと大の字に寝転んだ。
「いやマジで落ちるなよ? 責任持たねえからな?」
「問題ない」
「やれやれ……、じゃあ御者さんよ、出発だ」
御者はうなずくと、トカゲにムチを入れた。
トカゲは、相棒がいなくなり重くなってしまった馬車を、ゆっくりと引っ張りはじめた。