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第6話 もったいない・もったいない 2

ダイキが指折り数えていたのは、子供の人数だった。


「おいオッサン、ちょっとこの村で料理作るから、オッサンも食ってくれよ」

ダイキが馬車の外から声をかけると、領主が嬉しそうに顔を出した。


「おお! 何か食べさせてもらえるのか。それは楽しみじゃ!」

「出来たら呼ぶから、寝ててもいいぜ」

「頼む」


ダイキがキッチンカーの前に折り畳みテーブルとイスを置き、材料を並べて仕込みの準備を始めた。


「う~ん、野菜類は十分だが、肉系が欲しいなあ……」

「ダイキよ、肉が欲しいのか?」

「リッサか。まあ欲しいにゃ欲しいが、村には肉なんてないだろ。どーすっかな」

「では待っていろ」

「へ?」


ライサンドラは剣を携え、村の向こうにある林へと走り去っていった。


「足、はええな……」


ダイキは、ヒマを持て余している御者を呼んで、一緒に野菜の仕込みを始めた。


聞けば御者は領主の秘書のような仕事もしていて、主人の仕事のヘタクソさに辟易しているものの、諫めることも出来ず悶々とした日々を過ごしていたという。


「ところでダイキ殿」

「ダイキでいいよ」

「これは何を作っているのでしょう。かなりの量がありそうですが」

「炊き出しだよ」

「炊き出し?」


「俺さ、自分の国で災害があると、いつもこうやって避難民に炊き出しをしてたんだよ。救援物資とかの保存食で腹がふくれても、やっぱ手作りの暖かい料理には敵わないんだよ。人は苦しい時こそ、あったけえ料理を食わなければダメなんだ」


「災害、そんなに起るのですか?」

「ああ。しょっちゅうさ。地震、津波、雪崩、洪水……いろいろ」

「異界って恐ろしい所なんですね……」


御者がドン引いてしまった。


「いま目の前に、腹を空かせた子供がいる。だったらメシを食わせるのが大人の務めじゃあねえのかい?」

「おっしゃるとおりです、ダイキ殿」

「じゃ、残りも皮剥いちまおうぜ」

「はい!」


やがて二人が野菜の皮を剥き終えて一服していると、両手に何かをぶらさげたライサンドラが戻ってきた。


「待たせたな! これで足りるか?」

彼女が持ち上げて見せたのは、二匹の大ぶりなウサギだった。


「うお、すげえな。マジで肉持って来たぞ……」

「ご立派ですな」

「ううむ……食いでは少ないが、スープの具くらいにはなるだろう」


食いしん坊の女騎士としては、満足のいく量ではなさそうだ。


「そのぶん他のもので腹を満たしてくれよ」

「ああ。お前たちはその野菜の料理をするのだろう? では私が獲物を捌いてこよう」


ライサンドラは空のコンテナにウサギを放り込むと、水場へと持っていった。


「良家の御令嬢のはずですが、随分とたくましい方ですな、ライサンドラ殿は」

「そうなのか? かなり野生児のように見えたが」

「いろいろとご苦労されたのかもしれませんな……」


微妙にしんみりしている御者。


いよいよ野菜の仕込みが終わったので、ダイキは大鍋でお湯を沸かしはじめた。湯が沸き刻んだ野菜を投入すると、しばらくはヒマになる。


そこで彼は集めた果物のカットを始めた。普段はバーガーの具を入れている深めのバットにカットした果物を次々に放り込むと、キッチン内の冷蔵庫に入れた。


再び鍋に戻りあく取りなどをしていると、ウサギの解体を終えたライサンドラが戻って来た。


「肉だ。使え」

「あんがとよ。じゃあリッサは休んでくれ」

「疲れてないが?」

「お前が来るとキッチンが狭いんだよ」

「わかったわかった」


待望の肉が到着したので、ダイキと御者の二人は野菜スープの調理に取り掛かった。

大まかな部位に切り分けられた肉から骨を取り出し、別の鍋に取り分けた野菜の煮汁の中に骨を投下。肉は子供でも食べやすいように、細かく刻んでから鉄板で香ばしく炒めた。生煮えで腹を壊すと大変なので、予めしっかり火を通しておく。


「うう……たまらん匂いだ……まだ出来ないのか?」

荷台の入口からライサンドラが頭を突っ込んで催促をする。


「まだだ。それに、子供たちに喰わせるのが先だ。リッサよ、ヒマなら村の人にスープ皿とスプーンを借りてきてくれ。たくさんだ」

「わかった」


食いしん坊を車から追い出すと、ダイキはスープの仕上げに入った。

「本当はトロトロになるまで煮込んでやりたいが、腹を空かせた子供をこれ以上待たせるわけにはいかんしな……」


鍋の中身をおたまでグルグル混ぜると、ダイキは味見をして、少々調味料を加えると火を止めた。


「あんたも味見してくれ。この世界の人の舌の感想が知りたい」

「おお……美味ですよ、ダイキ殿。とても美味です。これが路肩に落ちていた野菜だったとは思えませんな……」

「味覚はだいたい同じなんだな。少し安心したぜ」

御者はにっこり笑ってうなづいた。



ライサンドラがコンテナいっぱいのスープ皿を持ち帰ってきたので、ダイキは配給を始めることにした。

ふと被災地で炊き出しをしていた際、子供に怯えられた苦い記憶がよみがえる。


「姐さんはチビッコを集めてくれ」

「集める仕事が多いなあ。分かった」


コワモテの異邦人に呼ばれるよりも、一応は騎士っぽい格好のお姉さんに呼ばれる方が、子供も安心して食べにきてくれるだろう、とダイキは思った。



ぞろぞろと子供たちが集まり、スープを受け取っていく。だが村の大人たちはドアの隙間や窓から遠巻きに見ているだけで、近寄っては来ない。


「自分らより先に子供に喰わせたい……って様子じゃあなさそうだな、あれは」

「毒見でもさせるつもりなのか。下衆な」

「しかし子供たちは美味しそうに飲んでますよ、ダイキ殿」

「よかった……。出来ればパンでも添えてやりたいところだが、今は望むべくもないだろう。これでしばらくは生き延びてくれるだろうか」

「そうですね。まだ畑には使えそうな野菜もありましたから、食べるぶんだけでも自力で取ってくればあるいは」

「そうだな。ここの大人にまだ気力が残っていればの話だがな……」


「おーい」

待ちきれなくなった領主が御者を呼びつけて、料理の進捗を尋ねている。

そして走って戻ってきた御者が、そろそろ……とダイキにスープの提供を求めた。


「まあ、子供には行き渡ったし、いいだろう。はい、どうぞ。戻ったらあんたも食うといい」


スープ皿を受け取った御者は慎重に馬車へと運んでいく。


「私のはまだか~」

「横でよだれを垂らされてもかなわん。お前さんも食え。ただし座ってだぞ」

「やった!」


ダイキからスープ皿を受け取ったライサンドラは、折り畳みイスに腰かけると、スープを口に運んだ。


「おおお!! なんだこれは! ただの野菜スープじゃないのか? なんだこれ!」

「ただの野菜スープだよ。だがここまで旨くなったのは、お前さんの肉のおかげだ。ありがとよ」

「フフン。次はもっと大きな獲物を料理してもらうからな。覚悟しろよダイキ」

「わーったよ。さて、次のお客さんが集まってきたぜ……」


子供たちの喜ぶ様を見て、大人たちも集まりはじめた。


いつでもチャレンジするのは、若者や子供たちだ。

臆病になることを大人というのなら、それは退化なのではないか、とダイキは思った。

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