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第6話

「決まり!」


星奈はすぐに泣き止み、小さな手を広げた。


秋生は黙ったままだった。


美咲はホテルのスタッフに案内されて、スイートルームの前に立っていた。ドアの前で深呼吸し、緊張を抑えようとした。


相手は秋生なのだ。


チャイムが鳴り、ドアが開いて、スタッフは美咲に「どうぞ」と促した。


美咲は心の中で自分を励まし、部屋に入った。


田中が秋生の前まで美咲を案内した。「こちらは社長の藤原さんです。」


秋生は視線を上げ、美咲に目を向けた。


美咲は他のことを気にする余裕もなく、すぐに星奈を探した。秋生の手元で何かされていないか不安だった。


だが、すぐに星奈がソファに座り、頬をふくらませてキャンディーをなめているのが目に入った。周りには色とりどりのキャンディーが散らばっている。


美咲は呆然とした。


この子、母親が外で心配しているのに、こんなにのんきにキャンディーを食べて……。


考えている暇もなく、美咲は急いで駆け寄った。「星奈、ママが来たよ!」


星奈は顔を上げ、美咲を見てうれしそうに「美咲ママ」と呼びかけようとしたが、美咲はすぐに目配せをした。


星奈は大きな目をぱちくりさせたが、なぜか分からないものの、すぐに察して、「ママ!やっと来てくれた!」と可愛らしい声で呼びかけた。


美咲は星奈を抱きしめた。


秋生は二人をじっと見つめた。「あなたがこの子のお母さん?」


その鋭い視線に、美咲の心臓は激しく脈打った。しかし、平静を装いながら答えた。「はい、そうです。事情は聞きました。ご迷惑をおかけした分は、慰謝料はきちんとお支払いします。」


秋生は目を細めた。その目はまるで美咲の仮面を見抜くかのように鋭かった。


「さっき電話で話した相手は、あなたではなかった。」


声が違う。


美咲は動揺を見せたらすぐにバレてしまうと分かっていた。「いいえ、電話でお話ししたのは私です。まさか、私が母親じゃないと疑っているんですか?」


秋生は何も言わず、ただ静かに美咲を見つめ、重い空気が漂った。


「もし疑うなら、さっきの番号にもう一度かけてみてください。」美咲は覚悟を決めて言った。


星奈は美咲の首にしがみつき、小さな声で「ママ、もう帰れる?」と聞いた。


「星奈、いい子にしてて。おじさんと話が終わったらすぐ帰るから。」


子どもが「ママ」と呼んだことで、秋生もすぐには美咲の正体を問い詰められなかった。


だが、簡単には納得しない。「説明してほしい。なぜ君の子が僕の車に『妻子を捨てた最低男』なんて書いた?妻子を捨てる?僕たちに何か関係が?」


美咲と秋生は昔、何度か会ったことがあったが、秋生は覚えていないようだった。


「すみません、子どもが車を間違えたんです。」美咲は答えた。


「車を間違えた?」


「はい。」美咲は感情を込めて、目に涙を浮かべた。「実は、子どもの父親が浮気して……。私の母が亡くなった日も、その女と誕生日を祝っていました。それを知って、私は子どもを連れて家を出ました。今日のあなたの服装が彼に似ていたので、星奈はあなたをその……最低男と間違えたんです。」


秋生の眉が鋭く寄った。


母親が亡くなった日に浮気相手と過ごし、子どもと家を出た——


まるで、昔の自分と知絵の話のようだ。


一瞬、彼女が何か知っていて暗に責めているのかと勘ぐりそうになった。


だが、自分にはそんな浮気相手はいない。目の前の女とも面識がない。


つまり、ただの偶然か?自分の考えすぎなのか?


美咲の説明で、秋生はひとまず追及を控えた。ただ、星奈の顔を見るたびに、なぜか不思議な親しみを覚えてしまった。


苛立ちを感じながら何か言おうとしたその時、田中が資料を持って急いで入ってきた。「社長、調べていた件、情報が入りました。」


南しずくの資料だった。


「さて、まだ何かご質問はありますか?私たち急いでいるので、もう行かせていただけませんか?損害についても、金額をおっしゃってください。すぐにお支払いしますので。」美咲はすかさず切り出した。


秋生はそれ以上は引き止めず、田中から資料を受け取ると「後は頼む」と言った。


「かしこまりました。」


秋生は資料を手に書斎へと向かった。


ホテルの外、車の中。


知絵は不安でたまらなかった。もう二十分以上経っても美咲と星奈が戻ってこない。秋生がどれほど厄介な相手か、一番よく知っているのは彼女だ。美咲が無事に切り抜けられるか心配で仕方なかった。


「慎一、陽太、中の様子分かる?」知絵は焦りながら尋ねた。


慎一は小さなノートパソコンに集中していた。部屋の中には監視カメラがないが、廊下なら映像が見られる。「美咲ママ、まだ出てないね。」とモニターを確認した。


知絵の不安は高まるばかりだった。


しばらくして、モニターに美咲が星奈を抱えて慌てて部屋を出る姿が映った。


「ママ!美咲ママと星奈ちゃんだ!」陽太が画面を指さして叫んだ。


知絵はすぐ顔を上げ、ホテルの入り口に美咲と星奈の姿を見つけると、張り詰めていた心がようやくほどけた。


急いで車のドアを開けると、美咲が星奈を抱いたまま駆け込んできた。


「星奈!」


「ママ!」星奈は知絵の胸に飛び込んだ。


美咲は大きく息をつき、胸を押さえた。「もう、怖かった!」


「中はどうだった?」知絵は車を発進させながら聞いた。


「とにかく、まずここから離れよう!」美咲はまだ動揺していた。


「分かった!」


ホテルのスイートルーム、書斎。


秋生は手元の資料を開いた。表紙には、しっかりと——

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