陽太は目を見開いた。「お兄ちゃん?星奈?」
三人の子どもたちはお互いの持ち物を見合い、すぐに状況を理解した。
「ママを助けに行くの?」三人が同時に声を揃えた。
慎一は額に手を当てた。「さすがママの子どもたちだな。」
星奈はきっぱりとした顔で言った。「ダメパパにママが連れていかれたの。星奈、待っていられない!」
陽太もうなずいた。「そうだよ!」
慎一はため息をついた。本当は一人で行動するつもりだったが、仕方がない、連れて行くしかない。「絶対に僕から離れないで。」
星奈は元気よくうなずいた。「うん、星奈は一番お利口だから!」
……
知絵は秋生に無理やり帝国ホテルのスイートルームへ連れてこられた。
ドアが開く音がして、清美が嬉しそうに迎えに出た。「秋生、おかえ…」
言葉は途中で途切れた。秋生の隣にいる女性を見て、目を見開いた。
「知絵?」
信じられない、という表情だった。
知絵は顔を上げ、清美を見ると、その瞳が一瞬で冷たくなった。
あの時、母の葬儀で、清美は真っ赤なドレスで現れ、「秋生は私の母を看病していたから来られなかったの」とわざとらしく説明した。その嫌味は今も忘れられない。
あの頃の知絵は、何も言い返せずに清美の思い通りに身を引くしかなかった。
きっと清美はあの時、心の中で勝ち誇っていたに違いない。
知絵の心に冷たいものが湧き上がる。
「秋生、どうして知絵がここにいるの?さっき急いで出かけたのは、彼女のため?」清美は声を尖らせて問い詰めた。
知絵は急に秋生に微笑みかけ、親しげにその腕に絡んだ。「あら、清美もいらっしゃったのね。気が利かなくてごめんなさい。清美がいるなら、私、秋生と一緒に来なかったのに。」と、挑発的な目で清美を見つめる。
秋生はその意図にすぐ気づいた。本来なら突き放すべきなのに、なぜかそのまま動かず、面白そうに知絵の様子を眺めていた。
清美の顔は一気に青ざめた。
秋生が急いで出かけたのは知絵を探しに行ったから?しかも連れ帰った?
怒りをこらえようとするが、知絵が秋生に寄り添う姿がどうしても我慢できず、我を忘れて知絵を突き飛ばそうとした。
知絵は予想していたように身をかわした。
清美は空振りしてよろめき、危うく転びそうになる。
彼女は悔しさに顔を赤らめ、振り返った。
知絵は眉を上げて彼女を見つめ、にやりと意地悪く笑った。
悔しい?
当然だ。
昔、あんなに嫌な思いをさせられた、その仕返しだ。
清美の目には涙が浮かび、秋生を頼るように見上げた。「秋生、彼女は……」
秋生は最初から知絵の一連の演技を眺めていた。こうして「作戦成功」とばかりの顔をしている知絵の方が、あの冷たい態度よりもずっと面白い。
「秋生!」秋生がまだ知絵を見ていることに気づき、清美はほとんど錯乱寸前だった。
ようやく秋生が彼女の方を見る。「さっき見つけたんだ。祖父が知絵に会いたがっている。一緒に京都へ戻る。」
何ですって?見つけた上に連れて帰る?
秋生は知絵に向き直った。「今夜はここに泊まってくれ。」
知絵はわざと聞き返した。「じゃあ、一緒に寝るの?」
秋生がきっと断るだろうと思い、わざと清美を挑発しているのだ。
秋生はチラリと見て言った。「いいよ。」
知絵は思わず固まった。「……え?」
まさかOKするとは。
秋生は彼女の様子に気づき、小さく嘲笑した。「怖じ気づいた?」
知絵が怖じ気づく?ふふ……さすがにそれは無理だった。
スイートルームには部屋がいくつもある。知絵は素早く間取りを見渡し、寝室から一番遠い客室を選び、足早に中へ入り、バタンとドアを閉めた。
秋生はその様子を見て、わずかに口元をほころばせた。やるな、とでも言いたげだった。
清美はその場に立ち尽くし、手をぎゅっと握りしめ、爪が食い込むほどだった。目には怒りが浮かんだ。
知絵!
この女!
五年も経って、まだ秋生を奪いに来るなんて!
いなくなればいいのに!
……
ドアを閉めた瞬間、知絵は張りつめていた力が抜け、ドアにもたれかかりながらその場にしゃがみ込んだ。
入る時に気づいたが、階下や入口には秋生の護衛がいる。
逃げられない。
子どもたちも心配だ。
急いで携帯を取り出し、電話をかけようとする。
何度も画面を押すが、真っ暗なまま。
最悪、バッテリー切れで電源が落ちていた。
知絵は携帯を放り投げ、両手で顔を覆った。どうしようもない無力感が押し寄せてきた。
その頃、三人の子どもたちは無事にタクシーでホテルに到着していた。
非常階段で、慎一は真剣な顔でノートパソコンを素早く操作していた。
エンターキーを押す。「よし。一分後に目的のフロアが停電する。その隙にママを助ける。」
陽太と星奈は緊張した面持ちでうなずいた。「了解!」
部屋の中で、知絵は脱出の方法を必死で考えていた。
突然、照明が一瞬チカチカしたかと思うと、辺りが一気に真っ暗になった。
停電?
知絵の心臓が跳ね上がった。ドアを開けようとした時、外から清美の悲鳴が聞こえた。「秋生?停電よ、私、暗いのは怖い!」
秋生の声が書斎の方から聞こえた。「どうなっている?」
護衛の声。「秋生様、停電はハッカーによるシステム障害のようです。」
「ハッカー?」
「秋生、私……」清美の声は震えていた。
秋生は低い声で指示した。「調べろ。」
「はい!」
知絵は耳を澄ます。ドアの前にいた二人の護衛が原因調査でどこかへ行ったようだ。今なら、外は無人かもしれない!
すぐに秋生が清美に声を掛ける。「まず部屋まで送る。」
「うん。」
足音が遠ざかる。
秋生と清美が離れた?今がチャンスかもしれない!
賭けるしかない!
知絵は勢いよくドアを開けて外に飛び出した。
その瞬間、暗闇から小さな声が聞こえた。「ママ!」
知絵は全身が固まり、幻聴かと疑いながらも小さく呼びかけた。「慎一?陽太?星奈?」
三つの小さな懐中電灯の光が点き、三人の子どもたちが勢いよく駆け寄ってきた!
「ママ!助けに来たよ!」
目の前の三人を見て、知絵は冷や汗をかいた。「危ないじゃない!どうやってここまで来たの?」
「ママを助けに来たんだよ!外の人はおびき出したから、ママ早く!」陽太が急いで言った。
知絵は心配でたまらないが、今はとにかくこの場を離れることが先決だ。
「危ないから、早く行くよ!」
子どもたちの手を取って、安全通路へ急ごうとした。
その瞬間――
前方から強烈な懐中電灯の光がまるでサーチライトのように一直線に照らし、彼らを包み込んだ。
明るい光の下、すべてがはっきりと浮かび上がった。