知絵は星奈と目を合わせることもできず、黙って座っていたが、突然秋生にきつい言葉を投げかけられた。
彼女は冷たい視線で彼を一瞥し、「何なの?いきなり八つ当たりしないでよ」と言い返した。
「お前があの時、子どもを産んでいれば、もう星奈くらいの年齢だろうな」と秋生は低い声で呟いた。その言葉には、かすかな執着がにじんでいた。
また探りを入れているのか、と知絵は眉をひそめた。「子どもの話ばかりして、まるで自分の子どもみたいに思っているの?」
「愛していないなんて、一度も言ったことはない」と秋生は反論した。
知絵の顔に皮肉な笑みが浮かんだ。「秋生、言葉じゃなくて、行動がすべてよ」と、彼の無関心を皮肉った。
秋生の瞳はさらに暗さを増した――。
二人の間に座っていた星奈は、小さな顔を上げて言い争いを聞いていた。ふっくらした頬には悲しみが浮かんでいた。ママと悪いパパが喧嘩するのを見たくなかった。
それを見た知絵は、星奈が可哀想になり、これ以上争うのをやめようと思った。
二階――
泰造は、階下の清美を冷ややかに見下ろしていた。もともと彼女のことが好きではなかった。相手に家庭があると知りながら八年も関係を続けるなど、ろくな女ではない。両家の関係がなければ、とっくに追い出していたろう。
「秋生様が連れてきたあの子、とてもかわいらしいですね」と老執事が声をかけた。
泰造は優しい眼差しでうなずいた。「秋生はあの子になんて呼ばせている?」
「星奈と呼んでいます」
「星奈、いい名前だな」と泰造はしみじみとつぶやいた。「知絵の子どもは、男の子だったのか、女の子だったのか……」
「さきほどは奥様を試されたのですか?それとも、本当に奥様が子どもを産まなかったと確信されている?」
「知絵の性格を考えれば、あの子を手放すとは思えなかったが……それでも分からなかった。秋生が彼女を傷つけたのは確かだし、衝動的に決断した可能性もあった。調べても証拠は見つからなかったし、さっきは様子を見ていただけだった」
「もし知絵が本当に子どもを残していてくれたなら……」泰造は、曾孫に会いたいという本音を隠せなかった。
昼食時、泰造は星奈に優しく声をかけた。「星奈ちゃん、たくさん食べなさい」
星奈は秋生の隣に座り、器とスプーンをしっかり持って、遠慮せずに美味しそうに食べていた。食べることにかけては、いつも一番だった。
「おじいちゃん、星奈お肉大好き!」と可愛らしい声で言った。
「そうか、たくさん食べなさい」と泰造は朗らかに笑い、「星奈ちゃん、これからは私のことを“おじいちゃん”と呼んでくれ」
「えっ!」知絵は思わずむせそうになった。
秋生が片眉を上げて彼女を見た。「何か問題でも?」
知絵は泰造を「おじいさん」と呼んでいるのに、星奈が「おじいちゃん」と呼ぶのは世代が違いすぎる。
知絵は笑顔を作り、「いえ、ちょっとむせただけ」とごまかした。泰造は「ゆっくり食べなさい」と微笑んだ。
知絵の心は焦っていた。星奈はなぜここに?慎一と陽太はどこ?母親としては気が気でなかった。
清美は雅子の隣に座り、箸でご飯を力強くつつきながら、じっと知絵と星奈をにらみつけていた。
くそっ!知絵一人でも厄介なのに、今度は変な子どもまで味方につけて――!
食事後、秋生は田中に星奈の両親への連絡を続けるよう指示した。
知絵は本当は母の残した別荘に戻るつもりだった――離婚手続きには時間がかかる。だが星奈が秋生の元にいる今、安心して離れられるわけがなかった。なんとかして星奈を連れて出なければ。
星奈が庭で遊びたいと言い出し、知絵はその後をついていった。
清美は物陰から二人の背中をじっと見つめ、そっと秋生のもとへ近づいた。「秋生……」
彼女の美しい顔には、赤く腫れた指の跡が残り、より一層弱々しく見えた。その「か弱くて優しい」雰囲気は、いつも知絵の「強さ」と対照的で、まるで知絵がいじめているかのように誤解されやすかった。今日も秋生はそう感じていた。
「秋生、ごめんなさい。私がもっと優しくすれば、みんなを困らせることもなかったのに……」清美は今にも泣き出しそうな声で言った。
秋生は横目で彼女を見て、「君が彼女の両親を侮辱したのはよくなかった」と冷ややかに言った。
「だって……」清美は唇を噛み締めて訴えた。「先にひどいことを言ったのは彼女の方よ……」
「この話はもう終わりだ」と秋生は淡々と告げた。
清美はさらに悔しそうな顔をした。知絵と秋生がまだ離婚していないと聞き、焦りが募った。
彼女はさらに一歩近づき、探るように言った。「秋生、あの時知絵が出て行って、離婚手続きができなかったでしょう?今度こそ、ちゃんと手続きをした方がいいんじゃない?」秋生の表情をじっと見つめた。
「離婚」の言葉に、秋生の心は重たくなった。
彼は清美を冷たい目で見やり、その視線に清美は言葉を飲み込んだ。
「清美、離婚するかどうかは俺たちの問題だ」と、突き放すように言った。
秋生が他人に私事を口出しされるのを嫌うのは清美も知っていたが、自分だけは特別だと思っていた。だが、その冷たい視線に彼女は立ちすくんだ。
しばらくして、やっと笑顔を繕い、「ごめんなさい、秋生。そんなつもりじゃなかったの」と言った。
秋生の表情は冷たく、瞳の奥は何を考えているのか分からなかった。しかし、離婚だけは考えていなかった。
彼は清美を無視し、知絵と星奈のいる庭へと向かった。
清美の顔は一瞬で険しくなり、痛む頬にそっと手を当てた。
知絵……!あの女が戻ってきたせいで、秋生の態度が変わった!
絶対に二人を早く離婚させて、知絵を京都から追い出してやる――!
そう心に決め、清美は携帯を取り出し、電話をかけた。「知絵と京都でつながりのある人間をすぐ調べて、分かったらすぐに連絡して」