庭園の一角、秋生が手配した二人の使用人が少し離れて立っていた。知絵はすぐさま星奈のもとへ駆け寄った。
知絵は涼しい表情で声をひそめて言った。「星奈!ちゃんと説明しなさい。どうしてここにいるの?お兄ちゃんたちは?ママが何て言ったか、全部忘れたの?本当に私を心配させたいの?」
胸が詰まるほど、知絵は怒りを抑えきれなかった。
昨夜、三人はちゃんとイギリスにいると約束していたのに――
結果はどうだ。
まさか、三人とも京都まで追いかけて来るなんて!
しかも、星奈は秋生に連れられて藤原家の本邸に来てしまった。
藤原家は彼女が昔子どもを産んだのではないかと疑っていて、知絵は必死に「そんなことはない」とごまかしている最中だった。
それなのに、子ども本人が目の前にいるなんて――
知絵にとっては、ホラー映画よりよほど心臓に悪かった。
三人はいつも一緒に行動する。星奈が一人で来たはずはない。
きっと、ほかの二人も京都にいるに違いない。ただ、星奈が「運よく」秋生に見つかっただけだ。
星奈は小さな顔を見上げ、両手を広げて抱っこをねだった。
知絵はきっとした顔で星奈をにらんだ。「星奈、悪いことしたのに抱っこしてほしいなんて、許さないよ!」と、わざと背を向けた。
小さな星奈は、すぐに短い足で前に回り込み、さらに手を高く差し出した。「ママ、怒らないで。星奈、ちゃんと反省してるよ。」
知絵は応じなかった。「もう信じられないな。さっき秋生に抱っこしてもらってたでしょ?またお願いしたら?」
「やだやだ!」星奈は飛び跳ねて、「ママが抱っこしてくれたら、もう怒らないでしょ!」
これが星奈の「必殺技」だった。自分が悪いのに、知絵に抱っこをねだって機嫌を取らせる。
知絵は顔を崩さなかった。
星奈はあきらめず、手を挙げて首を傾げたり、愛らしい表情で知絵の気を引こうとした。両側で結んだお団子ヘアが、動くたびに揺れてなんとも可愛らしかった。
知絵は思わず目をそらし、気を取り直した。「まず、どうやって京都まで来たの?」
「怪しいおじさんに頼んで、プライベートジェットで連れてきてもらったの。」星奈は素直に答えた。
またあの人か。あの人は子どもたちの頼みなら何でも聞く。
「その人をそう呼ぶのはやめなさい。お兄ちゃんたちは?」
星奈は首を振った。「分からない。ダメパパに連れてこられてから、二人ともいなくなっちゃった。」
「美咲ママには出かけること、言ったの?」
星奈ははじめは首を振り、それからためらいがちにうなずいた。
知絵は胸がざわついた。「結局、言ったの?言ってないの?」
「今は……たぶん知ってるはず。お手紙を残して出てきたから、気づくと思う。」
知絵は額に手を当てた。美咲が気づくのが遅れたら、きっと大慌てだ。
「ママ、もう全部答えたよ。そろそろ抱っこしてもいい?」星奈はうるんだ瞳で尋ねた。
知絵は眉をひそめたままだった。慎一と陽太のことは心配していなかった。二人は賢いから、きっと自分たちで何とかするはず。でも、星奈をどうやって藤原家から安全に連れ出すか――それが今の問題だった。
また美咲に母親役を頼むしかない?でも美咲はイギリスで仕事中、すぐには来られなかった。
知絵が頭を悩ませていると、ふと秋生の姿が庭に現れるのが見えた。
すぐに星奈の手を取り、やさしい声で言った。「星奈、さっきはおばさんのこと、かばってくれてありがとう。」
星奈はすぐに手を振った。「お礼なんていらないよ。ママに、うそをついちゃいけないって言われてるから、ただ本当のことを言っただけ。」
秋生はその会話をちょうど耳にし、不審には思わなかった。
「おじさん」と星奈が呼びかけた。
「ああ。」秋生はやや和らいだ表情で、「お母さんと連絡が取れないけど、心配じゃないのか?」
「ママはいつも忙しいから、連絡が取れないのは普通だよ。」
「僕が悪い人だったら、どうする?」
「おじさん、悪い人なの?」星奈は逆に聞き返し、間髪入れず、「悪い人でも、道には監視カメラがあるし、警察がきっと助けてくれるから。」
秋生は思わず口元をほころばせた。なんとも賢い子だ。
「お母さんと連絡が取れたら、すぐ帰れるようにするよ。」
「うん!」星奈は素直にうなずいた。
知絵は焦りを感じていた。星奈を連れ出せる望みはほとんどなかった。
一同はリビングに戻った。
清美は三人が揃って入ってくるのを見て、嫉妬と憎しみが目にあふれた。まるで本当の家族みたいに並んで――見るのも腹立たしい。
星奈は静かにソファに座り、おとなしく可愛らしかった。
だが、清美にはその姿がひどく目障りだった。彼女の目は、今しがた湯を沸かしたポットに移り、そして星奈の短パンから覗く白い脚に向けられた。その目に、冷たい悪意がよぎった。
この子、知絵の味方をして、私に恥をかかせるなんて――
痛い目を見せてやる!
清美はそっと、熱いポットを星奈の方へずらした。
そこへ執事が来て、知絵に「ご祖父様の書斎へ」と伝え、秋生も二階へ上がるところだった。
清美の目が鋭くなった。今だ――!
彼女はわざと立ち上がり、ものを取るふりをしながら、肘で勢いよくポットを突き倒した。
満杯の熱湯入りポットが倒れ、熱いお湯が星奈の足に向かってあふれ出した!薄着の夏服では、大やけどは避けられない――
ちょうど階段を上ろうとしていた知絵は、清美の動きを視界の端で捉え、瞬時に危険を察知した!ポットが倒れるのを見た瞬間――
瞳孔が収縮した。
「星奈!逃げて!」
知絵は考える間もなく、星奈をかばうように飛び込み、その身でお湯を受け止めた。
「ザバーッ!」
熱湯の大半が知絵の手の甲にかかり、白い湯気と鋭い痛みが一気に広がった。
その様子を目の当たりにして、星奈はパニックになり、悲鳴をあげた――
「ママ!」